『 青 柳 の は な し 』
前回迄のお話し 「青柳のはなし 1」 「青柳のはなし 2」 「青柳のはなし 3」
「青柳のはなし 4」 「青柳のはなし 5」 「青柳のはなし 6」 「青柳のはなし 7」
結婚してから五年のあいだ、
友忠と青柳とは、いっしょに楽しくすごした。
ところが、ある朝のこと、
青柳はなにか家事向きの事を夫と話しているうちに、
とつぜん苦しそうな声を出して、
それからひどく青ざめて、黙りこんだ。
ややしばらくすると、彼女はよわよわしい声で言った。
「このように、無作法にも、
大きな声をたてまして、すみません。
でも、あまりとつぜん、痛みだしたものですから。
……旦那さま、私たちの縁は、
きっと前世からの因縁なのでございましょう。
そして、このありがたい縁のため、
また来世で一度ならず、ごいっしょになれましょう。
けれども、この世での契りは、もう切れました。
わたしたちのあいだは、引き離されようとしております。
どうか、わたしのために、お念仏を唱えてくださいませ。
わたしは、死にかかっております」
「なにを、とりとえないことを考えているのだ」
と、夫はびっくりして叫んだ。
「おまえは、すこしからだの工合が悪いだけなのだ。
さあ、しばらく横になって休むがよい。
そうすれば、加減もよくなるだろう」
「いえ、いえ」
と青柳は答えた。
「わたしはもう、死にかかっております。
……気のせいなどではございません。
――よく存じております。
……旦那さま、このうえ隠しだてしても、
仕方のないことでございます。
――私は人間ではございません。
木の魂がわたしの魂でございます。
――木の心がわたしの心でございます。
――あの柳の生気が、わたしのいのちでございます。
そして、ちょうど今、むごたらしくも、
だれやらが、わたしの木を切り倒しているのでございます。
それがため、わたしは死なねばなりません。
……もう泣くことさえできません。
――はやく、はやく、お念仏を唱えてくださいませ。
……早く!……ああ!」……
またもや苦しそうに叫ぶとともに、
彼女は美しい頭をわきへむけて、
袖の後ろに顔を隠そうとした。
しかし、ほとんど同時に、彼女のからだ全体が、
じつに異様なふうに崩れてゆき、
下へ下へと沈んで行って、
床とおなじくらいに、低くなるように見えた。
友忠は飛びついて、それを支えようとした。
――が、支えるものは何もなかった。
畳のうえには、美しい人のむなしい着物と、
髪につけていた飾りとがあるばかりで、
からだはもうなくなっていた。
友忠は頭をまるめ、仏に誓をたてて、
行脚僧 (あんぎゃそう) となった。
諸国を遍歴して、
おとずれた霊地霊廟 (れいちれいびょう) で、
青柳の霊のために祈願をした。
巡礼の途次 (とじ) 、越前の国に入り、
友忠は、いとしい人の両親の住家をさがした。
が、その住家のあった山あいの、
さびしい場所に行ってみると、
そこにはもうあの小屋はなかった。
その家のあった場所をしるすものさえ何もなく、
ただ三本の柳の切株があるばかりで、
そのうちの二つは老木、一つは若木であるが、
いずれも、彼がおとずれるずっと以前に、
切り倒されたものだった。
友忠は、柳の切株のかたわらに、
いくつかの経文を刻んだ石碑を建てて、
そこで青柳とその両親の霊のために、
ねんごろな供養をいとなんだ。
『青柳のはなし』 おしまい。
ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。
『青柳のはなし』 おしまいっ。
