〈ここのところで、日本の原作では、物語の自然の進行に変な破綻があり、そのあとが妙に辻褄(つじつま)があってこない。友忠の母親のことも、青柳の両親のことも、能登の大名のことも、それ以上なにも語られていない。あきらかに、原作者はここで仕事に飽きてしまい、かなりぞんざいに、人々の意表にでた結末へ、話を急がせたものらしい。私は原作者が省略した箇所を補ったり、仕組の欠如を繕ったりすることは出来ないが、しかし、すこしばかり細かい説明を加えなければならぬ。でないと、あとの話がまとまらないからである。……友忠は、軽率にも青柳をつれて京都へ行き、そのために面倒なことが起こったらしい。しかし、その後、2人がどこに住んだか、書いてない〉
……さて、侍というものは、
君侯の承諾を得なければ、結婚は許されなかった。
ところで、友忠の使者の役目をはたすまでは、
その許可を得られる見込みはなかった。
このような状態のもとで、青柳の美貌が人の目について、
あぶないことになりはしないか、
また彼女を自分の手から奪いとるような企みが、
行われはしないか、と心配したのも、無理はなかった。
そこで京都では、物見高い人の目につかないように、
彼女を隠すようにつとめた。
ところが、ある日のこと、細川侯の家臣が、
青柳の姿を見つけて、友忠との関係を聞きだし、
そのことを君侯に知らせた。
すると、この大名はまだ若くて、美人が好きだったので、
その女を屋敷に連れて来るように命じた。
そこで彼女は、なんの容赦もなく、
すぐ屋敷へ連れて行かれた。
友忠は、言うに言われぬほど嘆き悲しんだ。
しかし、自分の無力を知っていた。
彼は、遠国の大名に仕えている、身分の低い使者にすぎず、
しかも今のところは、ずっとはるかに勢力のある大名の
意のままになる立場にあるので、その人の望むことを、
かれこれ言うことはできなかった。
そのうえ友忠は、自分が愚かなやり方をしたこと
――つまり、武家の法度 (はっと) で
厳禁されている内縁関係をむすんで、
われとわが身に、不幸を招いたことを知った。
いまや彼には、ただ一つの望み――すなわち、
青柳がうまく抜けだして、
自分と一緒に逃げてくれるだろうという、
一縷 (いちる) の望みがあるばかりだった。
友忠は長いこと思案したのち、
青柳に手紙をやろうと決心した。
この企ては、むろん危険なことであろう。
彼女にあてた手紙はどんなものでも、
君侯の手にはいるかもしれない。
それに、お屋敷にいる者に恋文をおくることは、
許しがたい罪である。
しかし、彼は、この危険をあえておかそうと決意した。
そして、漢詩の形式で、
彼女に伝えたいと思っていることを手紙にしたためた。
その誌は、わずか二十八文字で書かれた。
が、その二十八文字で、
友忠は、ふかい思慕の情をあらわし、
青柳をうしなった心痛を示すことができた。
公子王孫遂後塵。
緑珠垂涙滴羅巾。
侯門一入深如海。
従是蕭郎是路人。
ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。
つづくですっ。
