『 鏡 の 精 』
前回迄のお話し 「鏡の精 1」 「鏡の精 2」 「鏡の精 3」 「鏡の精 4」 「鏡の精 5」
鏡に一室をあてがい、恭しく鏡を安置した夜のこと、
宮司がひとり書院にすわっていると、
目の前に忽然と弥生が姿を現わした。
その容姿はいちだんとたち勝って見えた。
しかしそのなまめく美しさは、以前とちがって、
純白の雲を通して射してくる夏の月の光のように
しっとりと落ち着いていた。
松村に向ってつつましやかにおじぎをすると、
弥生はあの玉をころがすような声で言った。
「あなたさまは、
私をよるべなき悲しみの淵からお救いくださいました。
そのお礼を申し上げたく参上いたしました。
お察しのとおり、私はまこと鏡の精にございます。
私が百済(くだら)から渡来して参りましたのは、
斉明(さいめい)天皇の御代でございました。
それからずっと畏(かしこ)きところに
住まわせていただいておりましたが、
嵯峨(さが)天皇の御代になりまして、
賀茂内親王(かものないしんのう)様に、
お授けなされたのでございます。
のちに、藤原家伝来の家宝となっておりましたが、
保元年間にあの井戸に沈められたのでございます。
あの戦乱(※)の年月(としつき)のうちに、
私はそこに捨ておかれたまま忘れられてしまいました。
その井戸の主になっていたのが性悪な龍でございます。
もとはこのあたり一帯にひろがっていた
湖水に棲んでおりましたが、
公のご命令で、街をつくるために
湖が埋められてからは、
あの井戸をわがものにしたのでございます。
井戸に落ちてからの私は龍に仕える身となり、
その意のままにおおぜいの人をまどわし、
命を落させたのでございます。
でも神様がたが千代かけて追いはらってくださいました。
ところでいまひとつお願いしたい儀がございます。
なにとぞ私を旧主の血筋を引いておられる
将軍義政公のもとへ献上していただけるよう
お骨折りくださいませ。
たってのお願いでございます。
どうぞおききとどけくださいませ。
きっとあなたさまに良いご運をもたらしましょう。
ときに、これも申し上げておかねばなりませんが、
お身の上に危険が迫っております。
あすを限りに、この家にはお住いになりませんよう。
この屋敷はついえてしまいます。」
このようにいましめ終わると、
もはや弥生の姿はどこにもなかった。
松村はこの予告のおかげで難をまぬがれた。
翌日になると、松村は屋敷の者たちを家財道具ともども
離れた場所へ移した。
日ならずして、またもや嵐が訪れ、
さきの嵐にもまして激しく、洪水を引き起こし、
松村の住んでいた家はあとかたもなく流されてしまった。
いくほどもなく、松村は細川侯の力添えで、
将軍義政公に目どおりを許された。
そして将軍に、不思議な来歴をしたためた書きものを添えて
例の鏡を献上した。
するとここに鏡の精の予言がまさしく実現した。
将軍はこの稀有の贈り物にたいそう喜び、
松村に高価な品々を授けたばかりでなく、
大河内神社の社殿再建にあまりある金を
寄進してくれたのである。
~~ おしまい。 ~~
※ 斉明天皇の在位は、西暦655年から662年。 嵯峨天皇は810年から842年。
※ 百済は、朝鮮半島の南西部にあった王国。
※ 内親王とは、皇族の一員、天皇の姫御子。
※ 『保元年間…あの戦乱の年月』・・・と、書かれている戦は、「保元の乱」と後に呼ばれているものです。
ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。
「鏡の精」 おわりっ。
