『 鏡 の 精 』



前回のお話し  「鏡の精 1」




ところがある朝のこと、

近所の家から水汲みに出された若いしもべが、

死んで井戸のなかに浮いているのが見つかった。

身投げするわけをたずねても、

思いあたるふしはなにもなかった。

松村は、この井戸にまつわる数々の暗い話を思い出し、

これはなにか隠れた魔物の仕業ではあるまいか?

と疑いはじめた。

松村はそのまわりに垣をさせようと思って、

井戸を調べに行った。



そこにひとりたたずむうち、不意に水が騒ぎ出し、

まるで生きものがいるかのように波立つのを見て、

その場に釘づけになった。

水の揺れはすぐにやんだ。

すると今度は静かになった水の面に、

十九、はたちぐらいの若い女の姿が

あざやかに浮かび上がった。

女は化粧に余念がない様子である。

唇に紅をさしているさまが、ありありと見えた。

はじめは横顔しか向けていなかったが、

やおら松村の方に面を見せて、にっこりほほえんだ。

その刹那、松村は胸にあやしいときめきを覚え、

酒に酔いしれたときのように、くらくらと目まいがした。

それからなにもかもまっ暗になってゆき、

笑みを浮かべている顔だけが残った。



その顔は月の光のように白く、美しく、

なおもあでやかさを加えながら、松村を闇の底へ

ぐいぐい引きずり込んでいくかのようであった。

しかし松村は最後の力をふりしぼってわれに返ると、

両の眼をつむった。

ややあって眼を開けたときには、女の顔は消え、

あたりはまたもとのように明るくなっていた。



ふと気がつくと、松村はのめり込むように

井桁に寄りかかっていた。

いま一瞬あのめまいがつづいていたら、

あと一瞬あのめくるめくいざないがつづいていたら、

二度と日の光をふりあおぐことはなかったろう。



松村は家のなかに戻ると、屋敷のものたちに、

どんなことがあっても井戸に近づいてはならぬ、

また誰にも水を汲ませてはならぬ、と言いわたした。



そしてあくる日、

井戸のまわりに厳重な垣をめぐらした。



~ 今日は、ここまで。 続きはまた明日。 ~




ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。

つづくですっ。
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