この記事は、穂吉のブログの「2012-12-29 16:36:11」にUPした『日本の神話229. ~第四部 大和朝廷~  =第二二章 清寧(せいねい)天皇=』という記事を再編成してUPしています。



最初のお話し 『日本の神話01』     前回のお話し 『日本の神話228』




先の天皇、大長谷命(おおはつせのみこと)

雄略天皇(ゆうりゃくてんのう))
様と、

円大臣(つぶらのおおおみ)

安康天皇の寝首を掻いた眉弱王(まよわのおおきみ)と共に自害して果てた大臣)
の娘で、

(皇后ではない)比売(からひめ)様の皇子様の、

白髪命(しらかのみこと)様は、

磐余甕栗宮(いわれのみかくりのみや)にて

天の下をお治めになられ、

のちに、清寧天皇(せいねいてんのう)と呼ばれます。



この天皇には、皇后はなく、

従って、御子もありませんでしたので、

その御名を記念するための御名代(みなしろ)として、

白髪部(しらがべ)をお定めになったのです。



その為に、白髪命様がご崩御なさった後、

日嗣の皇子様が居られなかったのでございます。

そう云う訳で、日継の皇子様を急遽、

お定めになる必要がございました。

一体どなたをもって、日継の皇子様と定めるのが良いか

大変な問題が持ち上がったのでございます。



そこで、清寧天皇の父君の雄略天皇と、

その前の天皇であられる安康天皇の父君であられる允恭天皇が、

天を統べられる以前に、

日嗣の皇子としてお名前が上がられていた、

市辺忍歯(いちのへのおしはのおおきみ)様のお血筋の皇子を、

探すこととなったのでございます。



すると、葛城忍海(おしぬみ)の、

高木角刺宮(つのさしのみや)と云う処に、

忍海郎女(おしぬみのいらつめ)様という、

市辺忍歯様の妹君がいらっしゃったのでございました。

宮廷の者たちはこぞって、

この姫君にお会いに行かれたのでした。



- 追 記 -

白髪部(しらがべ)』という氏姓は、「武蔵上総下野美濃」などの東国と「山背備中」などに分布しますが、後に、『光仁(こうにん)天皇』の(いみな)である『白壁王(しらかべのおおきみ)』様の、『白壁(しらかべ)』を避けて『真壁(まかべ)』と改められました。

市辺忍歯』様の妹の、『忍海郎女』様という姫君は、今回初めてお名前が出てまいりました。
「日本の神話197」で、『履中天皇』の御子様方の紹介が出てまいりますが、その時点でこの姫君のお名前は出てきていませんが、血筋であられるようですね。

さてさて、明日以降、またまたスッキリというか、ああ~よかったねぇぴん!っていう感じの部分が出てまいります。

それは、今回お名前が出てきました、『市辺忍歯(いちのへのおしはのおおきみ)』様の事です。
まずは、お生まれです。父上は、送り名を 『履中天皇(りちゅうてんのう)』、諱は『大江之伊邪本和気命(おおえのいざほわけのみこと)』様、その御子様であられます。
そして『市辺忍歯』様がお亡くなりの時の天皇は、『大長谷命(おおはつせのみこと)様』つまり『雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)』が、まだ天下を治めていない時に、共に連れ立って狩りに行かれ、そこで『雄略天皇』に射殺された上、穴を掘って埋められてしまったと云う、無残な亡くなり方をされた天皇候補の御子様であったと云う事を、覚えておいていただきたいです。

御出生『日本の神話197 第17代 履中天皇 1』
最期……『日本の神話215 第20代 安康天皇 9「市辺忍歯王様」』
御子達『日本の神話216 第20代 安康天皇10「意祁王と袁祁王」

どうぞまた読みに来てくださいませ。




ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

おしまい。
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