この記事は、穂吉のブログの「2012-12-15 16:32:43」にUPした『日本の神話215. ~第四部 大和朝廷~  =第二〇章 安康(あんこう)天皇=』という記事を再編成してUPしています。



最初のお話し 『日本の神話01』     前回のお話し 『日本の神話214』




この回も、大君、穴穂命(あなほのみこと)

安康天皇(あんこうてんのう))
様の御世のお話しです。



眉弱王(まよわのおおきみ)様と、

家臣、円大臣(つぶらのおおおみ)

共に自害した後の、秋のことです。



近江国(おうみのくに)

 来田綿蚊屋野(くたわたのかやの)という野は、

 猪や鹿が沢山いて、とても良い狩場である。』



と言う話を聞いた、

大長谷命(おおはつせのみこと)様は、

市辺忍歯王(いちのへのおしはのおおきみ)様を、

その野に狩りへと、お誘いになられました。



蚊屋野にお着きになると、

御二人は、それぞれ別の仮御所をお作りになられ、

その狩りの宿とされました。



そして翌朝、折角、狩りに来られたのですから、

日も昇らぬ内から、

市辺忍歯王様は起き出されると、

狩りのための支度を整えられ、

大長谷命様を、迎えに行かれたのでした。



市辺忍歯王様は、

大長谷命様の宿の前に立たれ、番人に、



大長谷命様はお目覚めであろうか。

 まだならば、伝えるのです。

 すでに日は昇っておる、

 私は先に、狩りをしておる。と。』



そう伝えると、

市辺忍歯王様は、馬にまたがり

先に、狩り場へと向われたのです。



番人は、この事を

大長谷命様の傍に仕える供の者に伝えました。



ところが、この供は、



市辺忍歯王様は、わが君に対して、

 散々、嫌味を言ったようにございますよ。

 どうぞご用心くださいませ。

 御召物の下に、武装をなさった方がよろしいかと。』



と、市辺忍歯王様のご伝言を

曲げて伝えたのです。



そこで、大長谷命様は鎧を着こまれると、

その上に、衣服をまとったのでした。

そして弓矢と大刀を身に付けられ、馬に乗られたのです。



狩り場へとお着きになった大長谷命様は、

直ぐに市辺忍歯王様をお見付けになられました。



そして大声で、



『あちらに大鹿がおるぞ。』



そう叫ばれたのです。

その声をお聞きになった市辺忍歯王様は、

大長谷命様が指さした方へと馬を走らせます。

その後を追いかける様に

大長谷命様が馬を走らせます。



そして大長谷命様は、

背の靭(ゆぎ)から矢を抜き取ると、

その矢を射放ったのです。



その途端、突然、落馬した市辺忍歯王様を見た

王の舎人は、直ぐに駆け寄りました。

しかし市辺忍歯王様は、既に、こと切れておられたのです。



それを見ていた大長谷命様は、そっと後から忍び寄ると、

この舎人をも切り捨てたのでした。



大長谷命様は、家人に命じ

市辺忍歯王様と、舎人の亡骸を

馬の飼い葉桶に押し込むと、

御陵も作らずに穴を掘り、埋めてしまいました。

そして埋めた場所が解らぬように 

地を踏み固めて枯れ葉を撒いたのでした。



- 追 記 -

市辺忍歯王(いちのへのおしはのおおきみ)』様とは、第17代『履中天皇(りちゅうてんのう)』の第一皇子です。
そして先日も何度か出てきましたが、『大長谷命(おおはつせのみこと)』様のである、第19代『允恭天皇(いんぎょうてんのう)』が亡くなられた後には、
「長男の『木梨軽王(きなしのかるのおおきみ)様』もしくは、この『市辺忍歯王』様を、次の天皇にしなさい。」とのご遺言があった人物です。

つまり『市辺忍歯王』様とは、『 大長谷命』様の従兄(いとこ)にあたる方です。

参照:
日本の神話197.第17代 履中天皇1
日本の神話204.第19代 允恭天皇2「木梨軽王様と軽大郎女様1」
この「204話」の後から度々お名前が出てまいります。

お時間がありましたら、また読んでみてくださいませ。




ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

おしまい。



                          ペタしてね