この記事は、穂吉のブログの「2012-12-11 16:41:01」にUPした『日本の神話211. ~第四部 大和朝廷~ =第二〇章 安康(あんこう)天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話210』
この回も、大君、穴穂命(あなほのみこと)
(安康天皇(あんこうてんのう))様の御世のお話しです。
無実の罪で殺されてしまった、
大日下王(おおくさかのおおきみ)様の后の、
長田大郎女(おさだのおおいらつめ)様を、
安康天皇が娶り、皇后とされてから、
どの位の年月が経ったことでしょう。
長田大郎女様は、天皇の御寵愛を受けられ、
先の夫、大日下王様が殺された悲しみが、
徐々に薄れ、気持ちが穏やかになられ始めた頃のことです。
何故、先の夫が殺されたのか、
思い切って天皇にお尋ねになったのでした。
この時、天皇は、
皇后様の、先の夫との間の皇子である眉弱王(まよわのおおきみ)様が
庭先で遊んでおいでなのを、
ご存知では無かったのでございます。
眉弱王様が、直ぐそこに居ることを知らない天皇は、
『根臣(ねのおみ)が申すに、
大日下王は、私が天皇の位につくことを快く思ってはおらず、
反逆の兆しが見えたと申した。
私は逆上し、真偽を確かめる前に軍兵を向かわせたのだ。
大日下王の亡き今となっては、
それを確かめることも出来ない。
もしこのことを眉弱王が知ったなら、
私を恨み、反逆の気持ちになるやもしれぬ。
それが、私の気がかりでもあるのだ。』
と、皇后へとお話になるのでした。
この時、庭先で遊ばれていた、幼い眉弱王様は、
実父の非業の死の話を 聞いてしまわれのです。
幼いながらも、怒りを覚え、
いつか討ち果そうと、心に誓われたのです。
そしてその時はやってきました。
天皇は、強(したた)かに酔われ、
皇后の膝枕で眠っておられたのです。
その母の元を訪れた、眉弱王様は、
傍らにあった刀をつかむと、
それを止めようとする母君を退かし、
天皇の首を切り落とされたのでした。
そしてそのまま、眉弱王様は
重臣の円大臣(つぶらのおおおみ)の屋敷へと、
逃げ込まれたのです。
このようにして、安康天皇、穴穂命(あなほのみこと)様は、
御年56歳にてご崩御され、
その御陵は、菅原伏見岡(すがわらのふしみのおか)にございます。
- 追 記 -
重臣の『円大臣(つぶらのおおおみ)』と言う者の曽祖父は、以前より何度も出てまいります、『武内宿禰(たけうちのすくね)』です。
参照 日本の神話157 http://ameblo.jp/daijun415/entry-11381725010.html
御陵の『菅原伏見岡(すがわらのふしみのおか)』とは、今は『菅原伏見西陵(すがはらのふしみのにしのみささぎ)』と呼ばれ、奈良県奈良市宝来にある古城の中の古墳がそうか?と、今はまだはっきりと解ってはいないようです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。