この記事は、穂吉のブログの「2012-12-03 16:41:23」にUPした『日本の神話203. ~第四部 大和朝廷~ =第十九章 允恭(いんぎょう)天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話202』
先の天皇、
水歯別命(みずはわけのみこと)(反正(はんぜい)天皇)様の、
弟君でいらっしゃる、
男浅津間若子宿禰命(おあさづまわくごのすくねのみこと)様は、
遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)にて
天の下をお治めになられ、
のちに、允恭天皇(いんぎょう)と呼ばれます。
この天皇が、応神天皇(おうじんてんのう)の孫の
大大迹王(おおどのおうきみ)の妹の
忍坂大中津比売命(おしさかのおおなかつひめ)様とご結婚され、
お生まれになった御子様は、
木梨軽王(きなしのかるのおおきみ)様、
長田大郎女(おさだのおおいらつめ)様、
境黒日子王(さかいのくろひこのおおきみ)様、
穴穂命(あなほのみこと)(後の20代、安康(あんこう)天皇)様、
軽大郎女(かるのおおいらつめ)(別の名を『衣通郎女(そとほりのいらつめ)』)様、
八瓜白日子王(やつりのしらひこのおおきみ)様、
大長谷命(おおはつせのみこと)(後の21代、雄略(ゆうりゃく)天皇)様、
橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)様、
酒見郎女(さかみのいらつめ)様で、
皇子様が御5柱、皇女様が御4柱で、
この天皇の御子様は、この御9柱です。
允恭天皇は、
兄の反正天皇(はんぜいてんのう)の、
次の天皇と、お決まりになられた時に、
『わたしには、長年の持病があり、
位をお継しても
それを全うすることは、かなわない。』
そう仰られ、一度はご辞退をされたのです。
しかし、母君で皇后の石之日売命(いわのひめのみこと)様や、
位の高い側近の者たちから強く推奨された為に、
皇位をご継承され、天下をお治めになられたのです。
そしてこの天皇は、
御年78歳でご崩御なさいました。
また御陵は、河内の恵賀長枝(えがのながえ)にございます。
さて、この天皇の段のお話しは、
天皇がご崩御された後から始まります。
- 追 記 -
「遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)」とは、現在の奈良県高市郡明日香村あたりのことです。
また、『とおつあすか』と呼ばれるようになった謂れについては、
「日本の神話201 『水歯別命様の計略3』」の追記の部分を参照になさってください。
それから当時のご結婚は、「父は同じでも、母が違えば問題無い」、そういう時代でした。
それを踏まえて、明日からの神話をどうぞ読みに来てくださいませ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。

