この記事は、穂吉のブログの「2012-12-01 16:35:08」にUPした『日本の神話201. ~第四部 大和朝廷~ =第十七章 履中(りちゅう)天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話200』
この回も、大君、大江之伊邪本和気命(おおえのいざほわけのみこと)
(履中天皇(りちゅうてんのう))様の御世のお話しです。
謀反を起こした兄君、
墨江中津王(すみのえのなかつおおきみ)の首を刎ねた使用人、
「そばかり」をも伴って、
水歯別命(みずはわけのみこと)様の御一行は、
一路、天皇のお待ちになる倭へと出発されました。
「そばかり」は、水歯別命様や、側近の方々へ、
道々、自分をどのように扱ってくれるのかと、
尋ね続けました。
そんな中、側近の一人は、こっそりと
『水歯別命様、
一度裏切った者は、再び裏切ると申します。
打って来いと命じたとは言え、
一度は仕えた主人を殺めたのに、
全く、罪の意識も感じ無いような、
信用ならない人物を生かしておけば、
この先で、きっと憂いの種となるでしょう。』
と、水歯別命様へと助言されました。
やがて道中、夜になり
山中で野営をすることとなりました。
水歯別命様は、
『今夜は此処で泊まる。
「そばかり」、お前の働きは素晴らしかった。
まずは、この地でお前に大臣の位を授けようぞ。
そして明日、新たな大臣と共に、倭国へと入ろうぞ。』
そう仰ると、直ぐさま祝宴を開き、
「そばかり」へ、大臣の位を授け、
群臣(ぐんしん)たちに、拝礼をさせたのです。
「そばかり」は大変喜びました。
さらに、水歯別命様は、
『今宵は、新たな大臣と大いに飲もうではないか。』
そう仰ると、
お顔が隠れる程の大きな器に御酒(みき)を満たされ、
まずは水歯別命様が、お先に召し上がられ、
その後、「そばかり」に大器が回ったのです。
大きな器を手に取り、「そばかり」へが飲もうとした時に、
『一気に飲み干せ』
そう皆から声がかかりました。
手にした大器で、「そばかり」の顔が隠れた時、
水歯別命様は、敷物の下に隠し持っていた刀を取り出されると、
「そばかり」の首を、刎ねておしまいになられたのです。
その翌朝、水歯別命様御一行は、
倭へと再び上られるのでございました。
そして水歯別命様は、この日のうちに
倭へとお着きになられましたが、
『今日はこの辺りに留まって、
明日の早朝、禊ぎ(みそぎ)や、祓え(はらえ)をしてから
石上神宮(いそのかみのじんぐう)の神々を参拝し、
その後、兄君、
大江之伊邪本和気命へ謁見を賜ろう。』
そう仰ると、このままその地へにお泊りになられました。
こうして翌朝、身支度を整えられてから、
石上神宮の神々を参拝され、
その後、天皇へお付きの者を介して、
『ご命令通り、事が運びましたので、
お目通りを願いたく はせ参じました。』
と、お申しになったのです。
するとすぐに、
天皇は弟君である、水歯別命様をお呼びになられ、
兄と弟とで腹を割り、お話をされるのでございました。
履中天皇は、その後間もなく、ご崩御なされます。
御年、64歳でございました。
そして、その御陵は
百舌鳥の地(もずのち)(堺市)に今もあると云う事です。
- 追 記 -
翌日、倭へ着く場所で野営をなさったと云う謂れがあり、その地を後に「近つ飛鳥(ちかつあすか)」(大阪府羽曳野市の辺り)と呼ぶようになったそうです。
また、すでに倭の地にいながら、身を清めてから天皇の元へ行かねばならなかった、その地を「遠つ飛鳥(とおつあすか)」(奈良県高市郡明日香村)と呼ぶようになったそうです。
「明日には着く近い場所、しかし既に着いたのに直ぐには行かれない遠い場所・・・」
昔の人の言葉には重みもありますが、言葉遊びにも長けていたのですねぇ。
そして、この『履中天皇』のご在位は、わずか5年でした。
と云う事で明日は、「=第十八章 反正(はんぜい)天皇=」ですが、この天皇については、「古事記」には記述がほとんどありませんが、どうぞ読みに来て下さいね。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。

