この記事は、穂吉のブログの「2012-11-28 16:41:43」にUPした『日本の神話198. ~第四部 大和朝廷~  =第十七章 履中(りちゅう)天皇=』という記事を再編成してUPしています。



最初のお話し 『日本の神話01』     前回のお話し 『日本の神話197』




この回も、大君、大江之伊邪本和気(おおえのいざほわけのみこと)

履中天皇(りちゅうてんのう))
様の御世のお話しです。




自分を「天皇」だと偽って、

比売(くろひめのみこと)様を穢してしまった

天皇の同母弟君、墨江中津王(すみのえのなかつおおきみ)様でした。

この時、弟君は常に身につけている鈴を、

姫の元へ落としてしまったのでした。



その後、天皇と、比売様はご結婚されたのです。



数日が経ち、天皇が比売様の館を訪れた時のことです。

そこには鈴が飾られていたのです。

そこで天皇が、



『この鈴は珍しい鈴だが、どうしたのか。』



と、姫君にお尋ねになりました。

すると姫君は



『婚儀の日取りを告げに、いらっしゃった時に、

 貴方様が、落とされた鈴でございますよ。
 
 忘れてしまわれたのですか?』



と、お答えになられました。



天皇は、この姫君の一言で、

弟君の墨江中津王様が偽りを言い、

比売様を穢したと悟ったのでした。

しかし天皇は、この事実を自分の胸の中におさめられ、

弟君に、謀反の気持ちがあるのか、

事の成り行きを、 暫く見届けることにされたのです。



弟君は、天皇の何気ない素振りを見た時に、

自分の犯した過ちを、

天皇はすでにご存じであると悟られたのです。

そしてこのままでは、いつか自分は罰せられると、

徐々に不安や、不満が膨らんでいかれたのでした。



そんなある日、

天皇が、難波宮(なにわのみや)にお出でになられた時の事です。

その日は大嘗祭(おおにえのまつり)で、

(うたげ)が催されたのです。

御神酒(おみき)を召し上がられ、

天皇は良い心持で、お休みになられてしまわれたのです。

家臣も、門番も皆、御神酒が振る舞われ、

誰もが酒に、宴に酔い、警護が手薄になっていたのです。



それを弟君の墨江中津王様は狙ったのでした。

難波宮の御殿に、火をかけられたのでした。

火はみるみる屋敷をおおいつくします。

さらに天皇を討つための兵達が 

屋敷へと雪崩込んでゆきました。



しかし平群(へぐり)木莵宿禰(つくのすくね)と、

物部大前宿禰(もののべのおおまえのすくね)

それに阿知直(あちのあたい)の三人は、

こっそりと天皇を御殿より連れ出されると、

馬の背に乗せられ、

夜の闇の中を、へとご案内されたのです。



そんな最中、丹比野(たぢひの)で、

天皇はお目覚めになられました。



『ここは一体どこなのか』



そう仰られる天皇に、



『弟君の墨江中津王様が

 屋敷に火を放たれましたので、

 大和へと逃げる途中にございます。』



と、阿知直が答えました。

すると天皇は、



 『丹比野(たぢひの)に  寝むと知りせば  立薦(たつごも)

  持ちて来(こ)ましもの  寝むと知りせば


(『丹比野で一晩過ごすことを知ってたなら、薦(こも)でも持ってきたのになぁ』)



と、お歌いになられるのでした。

今度は、埴生坂(はにゅうさか・はにふさか)まで進まれ、

立ち止まり、振り返ると、

遥か遠くであってもまだ、

炎が赤々と、闇夜に浮かび上がって見えました。



 『埴生坂(はにふさか)  わが立ち見れば  かぎろひの

  燃ゆる家群(いえむら)  妻が家のあたり


(『埴生坂から見える、燃えている家並みの辺りは、妻の家があるあたりだろう。』)



そう、悲しく歌われるのでした。



天皇は、やがて大阪山の麓までいらっしゃいました。

そこに、一人の女性があらわれたのです。

女性がいうには、



『この先には、武器を持った人々が沢山います。

 当麻(たぎま)を回る道を選ばれ、

 そこからへと向かってくださいませ。』



と助言をされるのでした。

天皇は、



 『大阪に  逢ふやをとめを  道問へば

  ただには告(の)らず  当麻(たぎま)道を告(の)


(『大阪山に 突如現れた娘は、このまま行けとは言わずに、当麻の道を行けと教えてくれたよ』)



と、この助言を受けた天皇御一行は、迂回し、

当麻道(たぎまじ)を一路、へ向けて進まれるのでした。



- 追 記 -

難波宮(なにわのみや)」とは、この天皇の最初の皇居です。
この記事に書いた通り、焼かれて無くなってしまった為に、やがて「磐余若桜宮(いわれのわかざくらのみや)」へとお移りになれました。

大嘗祭(おおにえのまつり)」とは、天皇が即位後、初めて行う「新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)」のことです。
つまり御一柱の天皇の御世に、たった一度きりのお祭りとなります。
新嘗祭」とは、世界中で云う処の「収穫祭」にあたります。
古来より「11月23日」に、天皇が五穀の新穀を「天神地祇(てんじんちぎ)(すべての神様方と云う意味)」に奉納し、また御自らもこれを食し、その年の収穫を神々に感謝するという、日本の1年の中で、一番大切な、最重要なお祭りです。

それから「丹比野(たぢひの)」とは、今の大阪府松原市あたりとのことです。
「当麻道(たぎまじ)」は、現在の「竹内街道(R166)」の事らしいです。




ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

おしまい。
ペタしてね  読者登録してね