この記事は、穂吉のブログの「2012-10-30 16:43:56」にUPした『日本の神話169. ~第四部 大和朝廷~ =第十四章 仲哀(ちゅうあい)天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話168』
この回も、大君、
帯中日子命(たらしなかつひこのみこと)
(仲哀天皇(ちゅうあいてんのう))様の御世のお話しです。
忍熊王は、白鳥となり、
黄泉の国へと旅立たれた後のことです。
建内宿禰(たけうちのすくね)は、
神功皇后(じんぐうこうごう)の皇子様が、都に入られる前に、
これまでの事件の穢れを清める禊ぎ(みそぎ)を行いましょうと、
近江(おうみ)から若狭(わかさ)へとお連れ申されました。
その時に、越前国(えちぜんのくに)の敦賀(つるが)に
まだ幼き太子(皇子)様が、
お留まりになられるように仮の宮殿を建てられたのです。
そんなある晩のことです。
その土地にいらっしゃる、
去来紗別大神(いざさわけのおおかみ)様が
建内宿禰の夢に立たれたのです。
そして、その神は
『私の名を、
この日継の皇子に差し上げましょう。』
そう仰られたのです。
それを喜び、
『恐れ多きことにございます。
お言葉に従いまして、
皇子様の御名前は、
大神様の御名をいただき、
早速替えることにいたしましょう。』
そうお答えになられたのでございます。
すると、この神は、
『明朝、浜におこしなさい。
皇子の名を替えた儀式の贈り物を
たてまつりましょうぞ。』
そう仰られたのでした。
翌朝になり、皇后と、建内宿禰、
それに皇子様は、浜辺にお出ましになられました。
するとそこには、鼻に傷を受けた海豚が
浜いっぱいに打ち上げられておりました。
この時、皇子様が、
『私に御饌(みけ)(食事)の魚をくださった。』
と、お話しになられたのです。
この事により、この名前をくださった
去来紗別大神(いざさわけのおおかみ)様は
別名を、御饌津大神(みけつおおかみ)様とも仰るのです。
またこの地が、
海豚の鼻の傷からの出血が余りにも臭かったために、
「血浦(ちうら)」と呼ばれるようになったのですが、
今では、それが訛って、
「つぬが」・・・「敦賀(つるが)」と
呼ばれるようになっって行ったということです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。

