この記事は、穂吉のブログの「2012-10-25 16:33:19」にUPした『日本の神話164. ~第四部 大和~ =第十四章 仲哀(ちゅうあい)天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話163』
この回も、大君、帯中日子命(たらしなかつひこのみこと)(仲哀天皇(ちゅうあいてんのう))様の御世のお話しです。
皇子様ご出産の後に、神功皇后(じんぐうこうごう)は、御船にて倭への帰路に着かれます。
その御船には、新羅国(しらぎ)や、百済国(くだら)からの貢物が、ぎっしりと積まれておりました。
さらにもう一隻・・・
先にお亡くなりになられた仲哀天皇の柩(ひつぎ)を乗せた喪船が同行しておりました。
さて、いよいよ筑紫を出帆するという折に、皇后と建内宿禰(たけうちのすくね)は、倭にて皇后と皇子様を待ち受ける者たちに不穏な動きがある事を知ることになるのでした。
それは皇后の皇子様にとって異母兄にあたる、香坂王(かごさかのみこと)と、忍熊王(おしくまのみこと)の御二人方の動きでした。
天皇亡き今、さらに皇后の皇子、品陀和気命(ほむたわけのみこと)様が、もしもお亡くなりになった時には、この御二人方のどちらかが次代の天皇になられるのです。
ですから皇子様を亡き者にしようと不穏な動きがあるのも当然と云うものでした。
さらに御二人方は、父君である天皇の死に疑惑を深く感じておられたのです。
父君である天皇を、実は皇后と建内宿禰とで亡き者にし、それを神の怒りに触れ亡くなったと、偽りを語ったのだと信じて止まなかったのです。
さらに皇后と建内宿禰の関係を、ただならぬ仲では無かろうかと疑ったのでした。
そんな皇后と建内宿禰にとっては、天皇は邪魔者だった為に亡き者にしたと、御二人方は疑惑を抱いていたのでした。
そう疑惑を抱いた理由は、こうでございます。
香坂王と忍熊王も筑紫に付き従い、熊襲を討ちたいと申し出ました。しかし建内宿禰は、御二人方のご同行を拒まれたのです。
更に天皇が亡くなられたと同時に、皇后の御腹に天皇の御子が宿っていると聞き、ますますをもって皇后と建内宿禰の仲を疑う様になられたのでした。
そのような経緯から、建内宿禰が神功皇后の神懸かり的な力を巧みに利用し、神の名を語らせ天皇を亡き者にしたと、確信にも似た想いを御二人方は、抱いていったのでした。
- 追 記 -
『香坂王(かごさかのみこと)』様と、『忍熊王(おしくまのみこと)』様の御二人方の母は、『大中比売命(おおなかつひめのみこと)』様と言い、『大江王(おおえのおう)』の姫君です。
『大江王』とは、別名を『彦人大兄命(ひこひとおおえのみこと)』と言い、第12代天皇、『景行天皇』の御子様の御一人です。
『景行天皇』の御子様たちの紹介は、「日本の神話134」に載せましたが、七十七人ものお子様方がいらっしゃるので、紹介しきれませんでした。その紹介できなかった中の御一人に『大江王』も含まれてます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。

