{BAA1064B-A75D-4F96-95E6-891306CF9890}

{189EE77E-50DF-4DD3-8867-220DF5E31BC9}
自宅で法事という場合、こういう玄関に遭遇する。そこで自分の履物が近くにない場合は、踏みやすい僧侶が履く雪駄(せった)に足がいく。

玄関のスノコである此岸(私たちの住んでいる世界の事で、欲や煩悩にまみれた世界)から、自分の靴である彼岸(人々が欲や煩悩から解放された世界)に行く橋渡しの役がこの雪駄。

ここでいう雪駄は釈迦が説く教えであり、それを伝えるのが僧侶の役目。雪駄が踏まれるのは仏縁であり、大いに踏んでもらいましょう。

昨日の本葬で引き物をいただいた。その紙袋を持って境内地を歩いている途中に、銀杏の落ち葉が偶然に紙袋の中に入ったようだ。帰りの新幹線で見つけてビックリ!

去年も伊勢神宮で大きな神木を拝んでいたら、上の方から木の皮が落ちてきた。この皮も銀杏の葉も「よくお参りに来られたな、これは私からのお土産じゃ。いつも側で見守るので、日々精進しなさい」と解釈した。

常にお守りとして持っています。僧侶としての使命を果たしますので、お力をお貸しください!