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愛猫“おはぎ”は別院に住んでおり、本院の私とは別居状態です。毎日別院の寺務所に出向き、時間が取れれば“おはぎ”と遊び過ごしている。

仕事で部屋を出るときは『仕事に行ってくるね』と声をかけると、なんとも恨めしそうな目つきで私を見つめるのです。その度に私も心苦しい気持ちになります。

今日の法事では、大人数のご親族が寺に来られていた。お経が終わると私は振り向き、いつもの法話が始まる。そこで目に止まるのが、各自が手に持つ数珠。

某宗教団体の方は熱心なのだろう、数珠に年季が入っており色も変化して扱い方に慣れている。朝晩はもちろん、集会も頻繁に参加しているのだろう。

「一回でも多く唱えた方がご利益を頂けます」この言葉を信じる人は多い。そのありがたい念仏や題目を、毎日の生活にいかしているのか。二宮尊徳のこんな言葉がある。

【経文といい経書といい、その「経」という文字は、もともと機の縦糸のことだ。だから縦糸ばかりでは用をなさず、横に日々実行を織りこんで、はじめて織物として役に立つのだ。横に実行を織りこまず、ただの縦糸だけでは役に立たぬことはいうまでもない】