大衆の大衆たる所以は、「物事の本質」を全く悟らぬ点にこそ集約されている。

 

簡単に言えば、物事というものはシンプルに構成されており

表面上の模様・色合い・規模の大小など全く関係なく核となる要点は同じだという事。

そこを知らぬからイチイチ狼狽し、争い、罵り合い、対立するのだ。

 

小から大を察し、大から小を見極める。

そんな容易な事すら出来ぬから大衆はいつまでも愚かなのだ。

 

個人、家族、学校、会社、団体、国家、世界。

全ては人間が織りなすものであり、2人であろうが10億人であろうが

そこに作用する本質は一切変わりないのだ。

 

要するにガキ同士のケンカから国家間の戦争まで、人がしでかしている事に違いは無い。

勿論、一人の詐欺師が使う手法も、某支配層が使う手法も似たようなものだ。

一を知る事で十を悟る。何も難しい事ではない。

基本を知れば応用も利くというものだ。

 

愚かな大衆は基本も知ろうとしない、故に応用など利く筈もない。

そしてマヌケな事に何度も同じ石に躓いてスッ転び、転んだ瞬間の痛みに囚われ

また忘れる。実に呆れた生体をしている。