連続飲酒をしていた頃。
私は寿司屋の大将をしていた。
従業員が1人とパートの伯母さん。
妻がいて、母親もいた。
魚の仕入れから帰ると寿司屋の客席でその4人がコーヒーを楽しんでいるのが常だった。
客席横の大きなガラス窓から外の駐車場がよく見えていて私の乗った軽バンが帰ると、
「お父さん(大将)おかえりなさい」と、一斉に出迎えてくれた。
軽バン一杯に積み込んだ食材を5人で店の厨房に運びこむ。
厨房には昆布と鰹節で取った一番出しの匂いが漂っていて、妻が焼いた玉子焼きに鼻を近づけるとほんのり砂糖の焦げた甘い香りがした。
私「見てよこのマグロ、大間産だよ。」
妻「大間ってテレビとかで見るやつ?」
私「そう。たまにはこんなマグロも良いでしょ。」
伯母「一貫いくらするんだろ?」
などとよくその日1番良いネタを従業員に自慢げに見せていた。
私「まだ時間は良いよ。コーヒーの続きをして」
と声をかけた。
私はカウンターに白身やマグロ、トロに赤貝、ウニや牡蠣といった上物のネタを運び込む。
従業員のYが光ものの仕込みに入ろうと厨房に来たので、
「Y。まだ時間に余裕があるからあっちで新聞でも読んできなさい」と声をキツくして厨房から遠ざけた。
厨房には私以外いなくなった。
「今しかない」
私は厨房の冷蔵庫を開けた。4合瓶の冷えた日本酒を取り出し、どれでも良いからと目の前の湯飲みをコトっと置いた。急いで日本酒を並々と注ぎ、愛でる間もなく喉の奥へ流し込んだ。
冷えた日本酒は食道を下へ下へと伝っていく。
掛け時計を見るとam9:00。
私はからになった湯飲みをそそくさと洗い、元にあった棚へ戻した。
朝の寿司屋は忙しかった。
魚の仕込み、昼の予約の準備、弁当の出前。
am11:00の開店までにやる事はたくさんある。
妻も伯母も、Yも母親も一瞬も休む事なくそれぞれの仕事に取り掛かる。
見ていて怖くなる程皆んな気合いの入った顔をする。
私も負けじと包丁達を駆使して魚をネタへと変えていった。
(10:00迄にはこれとこれを終えて、10:20には寿司ネタの切り付けを終わらせて、、、。)
仕事をこなしていくのだが、次第に手が鈍っていく。
「駄目だ、、酒を飲みたい。」
飲めば酔う。顔は赤くなり、息は一層酒臭くなる。そんな奴の握る寿司、誰が食いたいか?
「、、、くそっ。飲むか。」
私は姿を隠すように2階の宴会場へ上がっていった。
広間の押し入れの奥。そこには何時でも酒が飲めるように焼酎を隠してあった。
「、皆んなゴメン、飲まないと俺仕事ができん。」
悪びれた思考を一瞬巡らせながら、焼酎をラッパ飲みした。
宴会場の押し入れに酒瓶を仕舞い込み店に戻ろうとした時、後ろに気配を感じた。
「おとうさん、何をしてるの。」
妻が悲しそうに立っていた。
私は氷ついた。だが何もなかったように妻の横を通り過ぎ、階段を降りていった。
連続飲酒をしていた頃。
妻も、伯母も、Yも母親も、皆んな私が隠れて朝から酒を飲んでいた事を知っていた。
何も言わずに、当然知っていた。
私は自分の酒の飲み方に異常性を感じながら止められずにいた。
飲酒時代の悲しい隠れ酒の一コマ。