ブログをはじめようと思ったのは自分の気持ちを文章にしておきたかったこと、あとで見返せるようにしたかった、知り合いに自分の考えが見れるような形で残しておきたかったことにあります。
文章力を鍛えたかったっていうのもあります。私は日本語へたくそなので。
拙い文章になると思いますが少しずつ成長しますのでお許しください。
じゃあなぜこんなことを思ったのか、それは友人との死別にあります。
死別した友人とは仕事について将来について色々話してこれから頑張ろうなって言ってたけど志半ばで逝ってしまった。しかも他者からの強制的な人生の終了という形で。
私はそれが無念で仕方ない。そして犯人を許せない(今も捕まってません)。
だから天国にいる友人に届くように、書き記していきたい。
そしてこの気持ちを忘れないように。
友人の分までしっかり生きていきたい。それが私が友人にすることができる精一杯のことだと思う。
そして弁護士になって犯罪の防止はなかなか難しいかもしれないけど(でも紛争をできるだけ互いに不平不満の無いように解決することだって十分な予防の一つであると思う)、遺族のアフターケアとかができるような、民事できっちり責任を追及できるような人間になりたい。
もともと弁護士志望だけどやっぱこういうことがあると検事になりたいなって思う。直接刑事責任追及できるんだもの。まぁ、被害者が友人とかならその事件から外されてしまうかもしれないけど、そうじゃなくても自分が担当する一つ一つの事件にこのような、これ以上の被害者・関係者の悲しみがこもってるんだと思うとすごいやりがいがあるように思う。
もちろん冤罪はいけないけど。
転勤が多いとか個人的なしがらみとかがあって今のところは検事志望ですって言えないけど、この先何があるかわからないからそうなったときに検事も選べるように日々勉強に精進したい。
私は低学歴なので原始的不能かもしれないけどあきらめないで頑張ってみようと思う。そうなると本気で検事になるつもりでやんなきゃいけない。
「まぁ、弁護士でもいいや」って気持ちが少しでもあると負けてしまうから。(知らない人のために、これは弁護士が劣っているってわけではなく検事になるにはいい成績出ないといけないので)
今回のことで自分の無力さしか感じなかった。
そしてそんな自分が悔しくて仕方がなかった。
強く強く生きたい。
私だっていつ天に召されるかわからない。
だから今日死んでもいいと思えるように毎日を生きて行かなきゃ。日々限界を超えていかなきゃ。生きたくても生きれなかった友人に申し訳が立たない。
私の人生において25歳の12月5日はもう二度と来ない。
というわけで今日も頑張ります。