今朝、車内から外を眺めていて「ポイ捨て」に関して思ったことがある。
「ポイ捨て」とはいわゆる、ゴミ箱以外の場所にゴミを放ったらかしにする行為の事を言う場合が多い。
代表選手で言えば
「空缶」、「ペットボトル」、「たばこ」、
など。ここらへんは確実にノミネートしてくる。
その「ポイ捨て」されているであろうゴミ達を、きっと誰もが目の当たりにしたことがあると思う。
経験のある人もない人も、頭の中で考えてみてほしい。
そのゴミ達は、どこで目の当たりにしたか?
道路の隅っこか、駅のホームか、海の浜辺か、道路の排水溝の中か、映画館の座席の下か、中央分離帯の草むらの中か。さまざまだと思う。
今日の私はというと、道路の排水溝の中に「ポイ捨て」をした人を目撃した。
どうしてそんなことをするのだろうか。
道路の隅っこに「ポイ捨て」してくれれば、
「あ、すいません、落としましたよ」と、声をかけることができたのに。排水溝の中じゃ、それも出来ない。
どうしてそんなことをするのだろうか。
ちょっと真剣に考えてみた。
この行為には、2つの事象が隠れている。
一つは、「ポイ捨て」
もう一つは、「隠蔽(隠す事)」
である。
とあるアンケートにて、「ポイ捨て」は、
マナーやモラルがなく罪悪感を感じていないことによる行為
とあった。
なるほど。
では、「隠蔽」。これについてはどうだろう。
罪悪感を感じている人間が「隠蔽」するんじゃないのか、と思う。
「ポイ捨て」したことをバレたくない人が、人から見えにくいところに「隠蔽」する。
良い人に見られたい、悪い人に見られたくないからだ。
これ実は、いっちばんタチが悪い。
道路の隅っこにポイ捨てされているゴミは拾えるが、
排水溝の中では拾えない。
駅のホームにポイ捨てされているゴミは拾えるが、
中央分離帯の草むらの中では、見つけることも困難になる。
もちろん、ゴミは所定の場所に捨てる。ことが一番である。
ただ、全国には一定数、「ポイ捨てらー達」が存在する。これは仕方ない。
そして、堂々と道路にポイ捨てするA達と
こそこそポイ捨てするB達の2種類の人間がいるのも分かって頂けたと思う。
はっきり言うが、こそこそ排水溝とかにポイ捨てするB達のゴミは拾えないし、そもそも見つけられない。
つまり、ゴミを拾う人からしてみれば一番厄介な人種であるにも関わらず、
100人中90人にはポイ捨てしない「いい人」と思われている。
私はこの現象が許せない。
悪い人がいい人のフリをして、世間にも認められている可能性がある。
本当に許せない。
なので私は「全国のポイ捨てらー達」に一言、声を大にして言いたい。
拾ってやるから拾える場所に堂々と捨てなさい。
以上。