はじめまして、青龍蝦(しゃこ)。です。

 今回はこの多大学合同研究会ブログにごアクセスいただき、ありがとうございます。

 ここでは、このブログについての説明と、このブログで行われる事のルールを説明いたします。

 
 

○ブログについて。

 

 このブログは『多大学合同総合的能力向上組合』が運営しているブログです。

 『多大学合同総合的能力向上組合』とは、関西のいくつかの大学が集まり、社会で通用する総合的な能力を向上させる事を目的とし、グループディスカッションやディペート、プレゼンテーションなど様々な活動を行う組合です。現在は龍谷大学、神戸大学、帝塚山大学の3つの大学の学生が参加し、基本的に月一を目途とし、活動を行っております。

 

 そして、この多大学合同研究会ブログでは、上記のような活動の報告を行うと共に、下記のルール説明で詳しく説明いたしますが、各個人がテーマにそった問題について自分で調べた事や感じた事を書き連ねていく予定です。そのため、偏った意見や調べきれていない情報を載せる事があるかも知れませんが、ご了承ください。

 
 

○ルール説明。

 

 さて、このブログではリレー式にテーマを出し合い、そのテーマにそった出来事や事件などを調べ上げ、それについての報告をこのブログ行っていきます。その詳しいルール説明を、ここで明記しておきます。

 

① メンバーと、テーマを指定する。

 

② 指定されたメンバーは、指定されたテーマにそった事件や出来事についてを調べ上げる。

 

③ 一週間以内に、調べた事をこのブログに書く。

 

④ そして、ブログを書いた人間が次のメンバーとテーマを指定する。

 

 主なルールは上記のようになっています。

 また、どうしても更新できない事情などがあった場合は、ブログの記事に大きく『パス』と書き、次のメンバーを指定する事が出来ます。このとき、テーマは次のメンバーへと持ち越されます。全員(テーマを出した本人も含む)がパスを行った場合は、テーマが不適切であったと判断し、テーマを出したメンバーに、いくつかの罰を与えられます。

 そして、当然ですが指定されていないメンバーが、『この事件について書きたい』などと思った場合は存分に書いてもらいます。ですので、時たま指定されていない人が、指定されてないテーマで何か書いてるという事態がありますが、仕様だと思ってください。

 
  
 

 以上で、ブログについてとルール説明を終了させていただきます。

 何かご不明な点がございましたら、コメントなどで書いていただければ説明いたします。

 
 

 また、この『多大学合同総合的能力向上組合』は随時、参加者募集中です。

 参加希望の方も、この集まりについてもっと詳しい説明をしてほしい方も、コメントなどをしていただければこちらから返事を致しますので、気楽に書きこんでください。

 
 

 さぁ、一緒に、社会という荒波を乗り越える術をこの集まりで探しあいましょう!



近年、社会問題として精神病があげられ、大きな見直しがなされています。

心的障害とは心の病気であり、さまざまな要因(人間関係全般)が原因であるといえます。心の病がどのように社会問題に発展したのでしょうか。

本来、心的障害の患者に対する症状が発症することですが、社会的に生活することが難しい、または不可能(社会不適合)になることが問題視されます。社会不適合とはこの患者が起こす行動が社会問題と発展し、多様性を秘めています。

たとえば、犯罪1つとっても、パーソナリティ(人格)障害に出会った場合、当人に正しい判断能力がなかった場合、減刑され刑務所に入ったとしても、その間罪を償うということができるのでしょうか。また、出所し再犯してしまっては何のために刑務所に入っているのか意味がありません。実際のところ、罪を免れる事を目的とし精神病を装う者や、精神障害者の治療を行ったとしても服役の満期が訪れ、治療途中で仮釈放になりまた事件を起こし逮捕されるというケースがたくさんあります。そして、精神鑑定は専門家が鑑定を行いますが、専門家は人間であり、一人ひとり鑑定結果が異なり大変結果が出しづらいものです。

例のような扱いづらい問題ですが、原因は精神障害を抱える人間だけではありません。法がどの程度人を裁き、具体性にどれだけ歩み寄れるかが課題と言えるかもしれません。

以上です。

漢。です。よろしくお願いします。



少し軽い話をひとつ。人の持つ表現とは何とも不思議なものです。
想像、思考等頭の中で起こる言葉にも変換できないような何かを現実の物体として出力できるからです。



現実の物体に出力する際、用いるツールも多数存在します。そして、この出力した物体を他人がその情報を受け、当人と取り同じものが頭の中で浮かべる事ができるのです。



今回は文字というツールを用いて表現してみたいと思います。頭の中に何か情景が浮かべば幸いです。




結露の跡




19751月下旬、母の危篤の報を受け急ぎ帰省した。




親孝行はしてやろうと思ったときにできないのはどうやら迷信ではないらしい。




雪の厚化粧をした駅で切符を買い列車に乗った。

銀世界と雪の冷たさ、それに無機質な鉄の擦れる音とがあいまって余計寒さを感じられる日であった。

車内には私を除いて誰もおらず、冷たさを紛らわすようなランプの暖色が車内に染みわたるかのように広がっていた。




まず、席に着く。何をしようか。

そんなの何もない。何もする気が起こらない。

だから、ひたすらに銀世界を眺めてやろうと思った。




―――が、その手前にあるものが見えた。




車窓に結露を使って文字の様な、何かが描かれていた。

よくよく見ると二つ隣り合うように「あ」と書かれていた。

一つは小さく不細工な、もう一つは大きく整っていた。ひらがなの練習でもしていたのかもしれない。




「母子が書いたものだろうか。」




わざわざ口に出して言った。何の根拠もないのに。自分に言い聞かせるように。




私は冷たさしか感じられないこの透明の板にぬくもりが感じられる不思議を味わったのだ。




同時に、私はこの文字を見てひどく羨ましく思った。




後は私のため息と列車の揺れる音、染みわたる橙の明かりしか残らなかった。




それだけの話。




以上です。