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ケイタイ大学開校余談

携帯電話とインタ-ネットの融合から、わがザ大学機構


は本格的で本来的な大学教育を再出発しようとの試み


挑戦致します。


ケイタイ大学の開校は小学生から中学生、そして高校生


や大学生大学院生までも、巻き込んで21世紀の未来生


活の教育とその充実を図りたいと考えます。


宇宙人類総合大学の開校構想は、ケイタイ大学開校に


刺激されて生まれたものです。


先ずは「ケイタイ大学」開校はいつでもどこでもだれでも


どのようにも可能です。それはたった一人の学長様が


いればいいからです。いわゆる「ツ-ル」はソフトバンク


の携帯電話一つだけだからです。


目の不自由な人でも、足腰の立たない人でも、高年齢の


でも、どなたでもいいわけです。そしてケイタイ大学で


は教える義務はありません。教えなくても良いのです。


すべてが自由な学校です。


それは学長一人の大学が基本だからです。もちろん教授


陣や講師達が何人在籍し強力な布陣を構えてもよろしい


す。また科目学科は自由です。入学し学ぼうとする大

学生
とのやり取りで決めてもいいです。入学金や講義料


相談料も学生との話し合いで決めます。


ケイタイ大学には、一応の範例は示めさして頂きます。


したがってキャンパスはありません。事務局もありません。


ザ大学機構の本部はありますが、特定の場所になること


まではお約束できません。そのような努力はしています。

文部科学省と学校認可制

「東京女性ケイタイ大学」開校に立ち塞がる課題は、


果たしてどんなことだろうと、昨日松陰ウォ-クをし


ながら、共同代表である位已光児氏となんども何度


ケイタイ電話で話し合いをしました。


結論は、文部科学省の学校認可制と指導規制が


厳正厳格である点が禍しているという点で一致した。


ということは、教育は文科省がすべて責任を持って


行うものだという国民全体の認識です。まるで戦前


の軍国制そのままが続いているのです。上意下達


の官尊民卑意識が依然として残存しているのです。

超簡単入門「ケイタイ大学」その2

今朝方、ザ大学機構は2人代表制となりました。

ケイタイ大学ではそれぞれの学長さんお一人お一人

独立しています。すなわち、全権限が学長様にお

ありにあるということです。


その模範的代表的例として、私たち2人がまずその

ことを宣言させていただきました。

ということは組織であって組織ではないのがザ大学

機構であると云えます。常にお一人お一人に全責任

が及ぶということでもあります。裏返して云えば決定

した人の責任という意味であります。


世界でも稀有な組織と言えます。また大学とはこの

世で一番最後の学びの場であります。したがって

ケイタイ大学には一生涯課程一つしかありません。

勿論中途退学はご自由です。学ぶも学ばないもご本

人次第です。


コロヒラットは、「なにがあっても大丈夫」精神です。

完全無欠精神とも表現できるでしょう。

清澤満之

 清澤満之全集に学ぶ


「純正哲學は變化ある實體を研究す。變化とは、

事々物々の生滅、起伏、隠顕、出没するを云ひ、

實體とは宇宙の間に顕現羅列する萬有を云ふ。

細言すれば、無にあらずして有なるもの、起ら

ざるにあらずして起る事、存在せざるにあらず

して實存する關係、此三者は皆な實にして虚に

あらず。或は、之を稱して現象と云ひ、其状態

の千種萬類なるを見て、却て理想の恒久明瞭な

るに劣れりと為せるものあり。」

純正哲学とは変化ある実態を研究するものであ

る。変化とは事々物々の生滅、起伏、隠顕、出

没することをいい、実態とは宇宙にあって現れ

るあらゆる姿をいう。細かくいえば、無である

のに無でなく、起こるべくして起こる。存在す

べくして実在する関係。この三つの関係は、皆

実にして虚ではない。或いはこれを現象という。


その状態の千種滿類であることをみて、具体的

にとらえ難く、固定された物理法則としての普

遍的な原理に劣ると見られている。

これは固定されたモノを確かな原理と見るとこ

ろから起きる偏見である。モノがないからとい

って実態がないわけではない。つまり目に見え

るものだけが実態ではないということである。

そしてそれは偶然に起きるわけではない。だか

らどこに何があるべきか、そこには必然的原理

があるはずである。


変化は気紛れに起こるものではない。

「葢し變化は萬有を通貫する事實にして、或は

轉化衰滅と云ひ、或は行動受動と云ひ、或は運

動開發と云ふ者は、其形様たるに過ぎず。」

変化とはすべての存在に貫かれた事実である。

その様相は、或いは形が変わったり無くなった

り、動いたり動かされたり自ら変化したり様々

でも、それは変化の一言で表される。

つまり永久に固定された存在はないということ

である。

「情感的の豫想は、吾人の感じて以て眞正確實

なりと知る處の者、即ち萬有の眞理なりとなす。

故に之説は道理を捨てゝ、信仰によるを常とす。

単に宗教上の感情より、萬有の原理を演述し来

る者、皆之に属す。」

直観的に確実正確と知るのは、目に見えない真

理である。物理法則のような具体的原理には従

わず、宗教上の宇宙的原理からすべての現象を

説明しようとする視点は、信仰によるほかない。

これは宗教が個人的救済だけを目指しているの

ではないことを示しているのではないだろうか。


確かに宗教は個人的な信仰なのだが、それは個

を越えて宇宙的原理の上からの個の存在を基に

しているからに違いない。つまり本来在るべき

宇宙的原理を知るのは個人である。

モノとしてみれば個の集まりが全体であると見

えるかもしれないが、ココロでみる全体像は個

と全体が同時に見えるに違いない。つまり個の

中に全体を見、全体は個に表れていると見るの

である。これは理屈ではなく宗教的直感とでも

いうべきものだろう。

「本然或は天賦の豫想は吾人日常實験の事實が

其如何なるやに關せず、吾人は天然の事物の眞

を知覺するの性を有す。故に若し之天性、即

ち心内に含藏する豫想を開發すれば、以て萬有

の原理を推知し得べしとす。」

本来心には自分が日常起きるどの様な事実にせ

よ、そこに本来在るべき自然の真理を知る性質

がある。もしこれを天から与えられた才能であ

るとすれば、その才能を表してすべての現象に

潜む原理を推察することができるはずである。

それならば、それは人間だけに止まらない。

自然のあらゆる現象に付いていえることだから

である。従ってここでいう心は、意思や感情と

いった現象としてだけの心ではあるまい。

「即ち心内に含藏する豫想」というからには、

宇宙全体にまで広がる広大な心を指しているに

違いない。その心を開けば宇宙で起きるところ

のあらゆる現象に潜む原理を知ることができる

はずである。野生の生物が地上のあらゆるとこ

ろで生きておれるのは、多分その心が在るから

に違いない。

「抑〃懐疑とは萬有の得て知る可からざること

を主張する者なり。學者の日夜汲々として研究

に従事するは、萬有の原理原則を發見せんとす

るにあり。然り而して個々の事物の原理定則は、

之を發見することを得べし。萬有の眞理原則に

至りては、到底吾人の探知し能はざるところな

り。」

「懐疑というのは何故と問うことである。その

何故を説き明かすべく日夜研究しているのが学

者である。個々の事象事物については原理定理

が発見できるだろう。しかし宇宙全体に通じる

真理原則というのは容易に分かるものではない。


この何故を問うのは恐らく人間の特質であろう。

原因と結果の道理原則を知りたがるのは人間の

本性とでもいうべきである。そこで個々につい

ての原因結果の原則は見出だすことができるか

もしれないが、宇宙全体を貫く原則となると容

易に分かるものではない。」


引用解説者「コロヒラット大學」学長位已光児

超簡単入門「ケイタイ大学」

私たちザ大学機構は昨日12月11日下記のような

チラシを作成しました。        
世界の恒久平和実現大学学長位已光児いい こうじ 

()

私たちザ大学機構は、世界平和へ向けて行動を開始
します。
市民による市民のための市民の平和革命実
践です。
それが
私たちの「携帯電話大学」開校の夢
であります。

超簡単入学「ケイタイ大学」を来春開校致します。
                   
これからの時代は個人が主役になります。誰にせい
しても苦しむのは自分自身だからです。 だから

自分の在り方が大事になります。


世界の恒久平和実現大学というのは学長一人の大学
です。
だから、いつでもどこでもだれでもが自由に
「携帯電話
大学」を開校できます。


そして同時にどこでもその授業や講義が受けられま

す。どんな悩み相談でも遠慮なく受けられます。
「携帯電話大学」の 学生、つまり受講生には人類

全ての人々が出来ます。入学が自由で卒業がありま

せん。自己責任自己学習による一生涯の学習であり

学びです。

因みに学長の位已光児は生涯学習1級インストラク

ター、コーディネーター、予防医学士です。

学則などという難しい規則はありません。基本は学

長から学び取る、盗み取ることから始まるのです。

講義は学長一人で行います。

講義時間も受講生自身で決めます。

テキストは学長が著した「コロヒラットの世界」

(文芸社刊)や簡単な冊子だけです。

従って学部は「コロヒラット学部」が一つです。


コロヒラットとは、「こころ」そのものにも
「いのち」そのものにもカタチがないので、


その間には境がありません。

「こころ」と「いのち」を一つにして「コロヒ

ット」と考えてそう呼びます。
皆さんお一人お一人が「 コロヒラット」を学び

取り身につけて生きているといつのまにか世界

の恒久平和が実現する大きな存在となり、必ず

や地球上に平和な日が訪れます。

それほど自己の存在が重くて力があります。

だからまた豊かな人生の充実感が得られます。
迷いも不安も不満も不平も不足もなく人生を送

りご自分の願いや夢や満足が得られます。

24時間 お問い合わせの電話番号は


TEL 0563-54-6988 位已光児(いい こうじ)

関連の「コロヒラット大學」アドレスは下記です。

 http://peacesign.wonder.mepage.jp/

以上
を参考に一人一人が自由に「携帯電話大学」を

作ることが出来ます。 そして、携帯電話の全国普及

がそのことを可能にしました。

詳しくは0337896522 まで


不在の時には伝言をどうぞ。


東京携帯電話接客大学の開校を

ぐっすりと睡眠を取って早朝ブログカキコをしています。


12月に入ってからの、吉田松陰神社ウォ-クは順調


です。わたしは昨夕も月の半数5回目の松陰ウォ-ク


をして1147回目の往復挑戦参拝を達成しました。


6400万歩までもう5万歩と迫りました。体調も良く疲れ


を感じないままに帰宅する日が多いです。こころの目標


が定まって活発に動き出したのが効を奏したのでしょう。


ソフトバンク千歳船橋ショップシニアアドバイザ-さんと


の出会いが、即断即決au携帯契約の破棄を決め即日


使用を止めました。したがって7年間使って来た電話番


号にはわたしの声は聞かれません。廃棄したからです。


いよいよ新企画の「携帯電話大学構想」が国民活性化


の切り札になるかどうかの大きな目標達成のための決


断をしたからです。後退の道そして躊躇することの壁を


決然と即刻に断ちました。


東京携帯電話活用大学を開校しよう!!

わたしは、昨日夕方小田急線千歳船橋駅前の

ソクフトバンク販売店へ行きました。


袰岩学長の携帯電話購入のために先日購入の

際に親切と笑顔で応対をしてくれた方が風邪気

味を押して出勤されたので、喜び勇んで出掛

ました。


大変にいい番号が丁度あり、近くの郵便局で郵

送用パックを買い求めて本日早目に送ろうと思

います。


その際に応対した店員さんに、ザ大学機構では

表記のような「携帯電話大学」の開校を考えてい

ることを話して理解と協力をお願いしました。


私たちは、まずはその際、日本の元気と貧困率

向上に貢献したいということの願いを告げました。

吉田松陰先生が祀られている松陰神社ウォ-ク

1144回はそのために2000回達成願の途上に

あることを強調しました。


日本の貧困率や閉塞感や借金大国や不況等か

らの脱出には国民の殆どが所持使用している携

帯電話とインタ-ネットの活用しかないのではな

いかとの結論です。


早急にザ大学機構は組織態勢構築に向けての

再挑戦をしようと活動を再開したのです。


その第1回顔合わせは12月23日平成天皇誕生

の日に開催するように設定して着々と準備をして

います。

1141回松陰神社ウォ-ク

昨日は新川1丁目のマンション管理会社本部月例


研修会に出席しました。午後3時15分に終わり早目


に帰宅できました。


序に新宿の紅龍か若林の松陰神社かと迷いましたが、


陽気の晴天に釣られて渋谷から東急田園都市線三軒


茶屋駅で降りウォ-クで吉田松陰神社に参拝し世田


谷図書館で日経新聞を閲覧して、豪徳寺、経堂、千歳


船橋、千歳台通りに出て6時半には祖師谷のアパ-ト


に着きました。



72歳からの挑戦へ

あと1ヶ月半で72歳になる。このチャンスを捉えて


ザ大学機構活動の再挑戦をしようと思います。


日本社会の活性化はわたし達高齢者に課せられた


使命だと最近痛切に感じています。


それには、まず己が心身ともに元気にならなければ


なりません。心力気力を充実させて、体力行動力を


上させなければと思います。


その第一歩は、毎日の食事栄養補給であり、新しい


領域の人々との交流と学びをすることにあります。


まず今日は、町田市の一色さんを訪問します。未来


創庵の代表者です。どんな未来づくりに挑戦されてお


られるんでしょうか。お会いするのが楽しみです。

小田切瑞穂博士

1.

Absolute religion / written by Mizuho Od .

-- 初版. . -- Association for East , 1990.

2.

Advanced study of absolute science /

written by Mizuho Od . -- 初版. . --

Association for East , 1989.

3.

Introduction to absolute science /

Written by Mizuho Od . -- 初版.

. -- Association for East , 1988.


以上の3冊は国立国会図書館蔵書検索結果です。