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12歳(中1)で少年部に入門し、

兄との「続き」のお陰で小学生相手では、組手でも何とかなっていた。

少年部の稽古では、「遊び」もたまにあり、

基本、移動、型、組手、補強という内容とは違う事も行った。

組手も、極真と言えば「顔面無し」というイメージがあるが、

スーパーセーフが基本で、顔面掌底、グローブと、ほぼ常に顔面有りだった。

一対二や、一対三の組手(この時は顔面無し)や、

「押忍!失礼します!」
と道場に入ると、3~4人が急に襲ってきてボコられたりした。
その時はひっくり返り顔面を蹴られ鼻血を出したが・・・。

いずれにせよ、子供同士で師範が見てる前なので大怪我はしないだろうとの判断の下、行っていたのだろう。

街中ではそういう状況もあり得るので大変素晴らしい稽古だったと思う。


稽古内容としては
例えばキックミットばかりの日、

例えば試し割りばかりの日、

例えばサーキットトレーニングばかりの日・・・。


そんな「枠」に囚われない師範の自由な発想の稽古は楽しくもあり、厳しくもあり、恐くもあり。


ある日サーキットトレーニングばかりの日があった。
細かな内容は覚えて無いが、サーキットの種目の一つに師範との組手が入っていた。


子供ながら恐ろしくて恐ろしくて、その時までの人生で間違い無く、一番の恐怖体験だった。

師範の目が恐く、金縛りにあってしまった。

何にも手が出せない。

しかし、手を出さないと怒られるし足払いでコカされる。

けっして師範は子供の我々を痛め付ける訳では無かった。
強者に対しても立ち向かう勇気を育もうとしていたのだと思う。

しかし、僕は師範の目にビビり過ぎて、勇気は育めなかった。

足払いも見えず、急にフワッと宙に浮く感覚が恐かった。

何度も何度も宙に浮き、床に叩きつけられたし、攻撃する意思の無い自分は、何度も怒られた。

何セット目だろうか。やっとワンツーから右の下段へ繋げた。

師範は「そうだ!」と喜んで下さった。

しかし僕ができる攻撃はワンツーから右下段のみ。

あまりに単調だった。

師範に褒められた嬉しさも束の間、またまたまた足払いをくらい、ヒヤッとして床に転がされた。


やられなが、この業の大切さを感じていた。

小さくても、相手を転ばさせれば上から踏みつければ良い。大小関係無い!と思った。(現在は総合の技術が浸透し、転ばせても優位に立つ訳では無くなってしまった。)

必ずモノにしたいと・・・。


しかし一方で、この日以来しばらく組手が恐くて恐くて仕方無くなった。

大好きだったカラテの稽古が嫌で嫌でたまらなくなった。


続きはまた。



強い人になりたい。パーソナルトレーナー大長武史。