ボディビルの大会にはいつか出ないといけないと思っていた。

理由は

カラテの道場へ行っていない事。つまりカラテの為にトレーニングを行っている訳では無い事。

大森ボディビルセンターでマイクメンツアーのベビーデューティトレーニングの信者に影響を受けた事。

アルバイトトレーナーをしている場所で、ボディビルに詳しいスタッフがいて感化された事。

アイアンマン誌や月ボが大変面白く感じて読みあさっていた事。

働いていたボディビルジムの雇われ店長に「来年大会出なさい」と言われた事。

後に自分でジム経営をしたいと考えていて、優勝等の肩書きが必要ではないかと考えた事。

等が重なった。



1995年4月1日

御徒町のトレーニングセンターサンプレイに入会した。

ボディビルの大会に出場する為である。

何故サンプレイか?

まずカラテの先輩やトップ選手の多くがサンプレイに通っていた事。

宮畑豊会長に習いたかった事。

ボディビル選手では須江正尋選手のファンであり、同じジムでトレーニングしたいと思った事。

が挙げられる。


当時の僕にとっては、サンプレイは地獄のトレーニングジム。どんな拷問?に合うか分からない。そんなイメージだった。

アルバイトトレーナー時に、あるスタッフがサンプレイに入会した。それを聞いただけで「スゲー」なんて言っていた。


地下と2階に分かれていたサンプレイ。

専ら地下で行ったが、ベントロゥを行う際、狭い為どこで行って良いか分からず、ある場所で行っていたら凄くデカい通称じろうさん(本名ではありません。仲がいいから名前で登場。じろうさん許してねm(__)m。)が、

「おい!邪魔だ!どけっ!!」

なんて言ってくるもんだから、ビビるは腹立つはで嫌な気分になった。

そうかと思ったらあるパワーリフターがフルスクワットで250kg位をスピーディに行っているし、

こんな所で続けて行けるんだろうかと動揺した初日だった。

しかし一方で、ラック上にズラリと並んだダンベル。

須江さんが、ダンベルプルオーバーを行っていたカーブベンチ。

同じく須江さんが、リバースグリップのディップスを行っていたディップ台。

アイアンマン誌で見た物だった!

感動した。



続きはまた。


まだ日本にゴールドジムが無かった頃です。パーソナルトレーナー大長武史。