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バンドメンバーの手が動いていない。


困惑した顔をしている。


そうか、リハと違う曲を始めてしまったからだ。


リナさんの事を思い出していたら、自然と指が動いてしまった。



波のリズムを刻むメロディ。


青い空と。


透明な海と。


寝転ぶリナさんと。


永遠に続く波音と。


俺がリナさんの為に作った曲。


こんな日が来るなんて思ってもいなくて。


ただただ、リナさんを喜ばせたくて夢中で作った。



喉が熱くなる。


クラブ中に、ピアノの音と、グラスの中で氷の解ける音だけがする。


アゴから水が滴り落ちる。


それでも、俺は指を止めない。


腹筋を意識して、大きく息を吸い込む。



歌う。



俺がプレゼントしたグリーンエメラルドの石の付いた指輪。


同じ色をした海へと帰った、人魚姫の事を。


傷のように深く。


タトゥーのように鮮やかに。


俺の心に住み着いて、消えてしまった人魚姫の事を。



いつまでも。




『Tatuaggio il mare』