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オレの缶ジュースが空になって、外側についてた水滴が乾いて、
もう一本買ってこようかどうしようか迷い始めた頃、
タイチが静かに立ち上がった。
「喉乾いてんじゃないの?」
と、開けなかった缶ジュースをオレに差し出す。
「……タイチこそ、飲みなよ」
「俺、喉渇いてない」
ちょっと強引にオレに缶ジュースを押し付け、歩き出す。
ビックリして後を追いかけた。
「どこ行くんだよ?!」
「帰る。もう支度しなきゃ」
「こんな時に?!」
「……」
「タイチ!」
「……あの役、俺にしか出来ないから」
タイチの前に回りこんで、顔を覗き込む。
目の縁が赤くなって、白目が充血してる。
今にも泣き出しそうな、顔。
「何でこんな時まで我慢してんのさ?!」
「……泣いたって、仕方ないだろ」
「……」
「泣いたところで、母さんには会えないし、父さんに怒られるだけだ」
「そうだけど……だけどっ!」
「もういい。悪いけど、舞台前に感情が高ぶると芝居が揺れるから、もういいんだ」
「そんな……自分の気持ち押さえ込むの、おかしいよ。泣けばいいじゃん」
タイチは立ち止まり、ギュッと目をつぶって深呼吸し、ゆっくりと目を開け、オレを見て微笑んだ。
その完璧にキレイな微笑み。
あの子の、微笑み。
「泣いて芝居出来なくなって……そしたら、俺にはもう何も残らない」
「……」
「あの場所にいれば、少なくとも俺は一人じゃない」
「……」
「劇団員も、スタッフも、お客さんも、俺を待ってる」
何も言い返せないまま、キレイに微笑むタイチを見続ける。
その、真っ黒で何も映さない目。
絶望って、こういう事なのかな。
オレに背を向けて歩き始めたタイチの影が、土手に長く伸びる。
続く