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余りにも急に泣き始めたので、ビックリして肩におこうとした手が止まる。



黒澤さんがゆっくりと抱きなおし、あやし始める。


泣き止まない。


アイツが赤ん坊を受け取り、大きな手でしっかりと抱きかかえる。


赤ん坊の背中を優しくポンポンと叩く。


安心したように、泣き止みしゃくりあげる赤ん坊。


その様子を見つめる黒澤さんの目。


二人が視線を合わせ、ホッとしたように微笑みあう。



満たされて、幸せそうな優しい表情。


俺には見せた事のない表情。



ショックだった。


黒澤さんを見つけ出せば、何もかもが上手くいくと思っていた。


黒澤さんと子供と一緒にいさえすれば、幸せになれると思っていた。


それは俺だけの妄想だったのだ。



あの目。


俺だって鈍感じゃない、見れば分かる。


ましてや黒澤さんの事なら。


本当に幸せなんだろう、今。


体中が、内側から光が出ているみたいに輝いてる。


その輝きの元を作っているのは、アイツなのだ。


俺が出来なかった事を、やってのけるアイツ。



二人の間に、目に見えない繋がりの糸が見えた。


俺が入り込む隙はない。


本当の愛って、こういうものか。


一緒にいるだけで、周りを照らすほど輝けるものなのか。


敵わない。


二人の絶対の信頼に、打ちのめされる。



アイツから黒澤さんを奪って。


あの輝きを奪って。


そうして?


そうして、俺は何を黒澤さんに与える事が出来る?


息苦しい束縛か?


今の俺に何が出来る?


抱きしめる事しか出来ないのなら。



人ごみの中で、ゆっくりと黒澤さんの姿が遠のく。


なす術もなく、突っ立ったまま見送る。



記憶の中の、ほんのりと明るい場所が熱を帯びて、冷たい石を溶かしていく。



泣いていた。


唇をかみ締めて。


ずっとずっと、俺は泣きたかったのだ。


黒澤さんの愛が欲しくて。


叶えられなくて。


寂しくて。


この世の中に、一人ぼっちで置きざりにされたような気がして。



通り過ぎるたくさんの人たちは、自分の幸せに夢中で、俺の涙には気が付かない。


それでも。


涙を隠すためにフードを被り、夜空を見上げた。


その空で、三日月が笑っていた。



続く