55
余りにも急に泣き始めたので、ビックリして肩におこうとした手が止まる。
黒澤さんがゆっくりと抱きなおし、あやし始める。
泣き止まない。
アイツが赤ん坊を受け取り、大きな手でしっかりと抱きかかえる。
赤ん坊の背中を優しくポンポンと叩く。
安心したように、泣き止みしゃくりあげる赤ん坊。
その様子を見つめる黒澤さんの目。
二人が視線を合わせ、ホッとしたように微笑みあう。
満たされて、幸せそうな優しい表情。
俺には見せた事のない表情。
ショックだった。
黒澤さんを見つけ出せば、何もかもが上手くいくと思っていた。
黒澤さんと子供と一緒にいさえすれば、幸せになれると思っていた。
それは俺だけの妄想だったのだ。
あの目。
俺だって鈍感じゃない、見れば分かる。
ましてや黒澤さんの事なら。
本当に幸せなんだろう、今。
体中が、内側から光が出ているみたいに輝いてる。
その輝きの元を作っているのは、アイツなのだ。
俺が出来なかった事を、やってのけるアイツ。
二人の間に、目に見えない繋がりの糸が見えた。
俺が入り込む隙はない。
本当の愛って、こういうものか。
一緒にいるだけで、周りを照らすほど輝けるものなのか。
敵わない。
二人の絶対の信頼に、打ちのめされる。
アイツから黒澤さんを奪って。
あの輝きを奪って。
そうして?
そうして、俺は何を黒澤さんに与える事が出来る?
息苦しい束縛か?
今の俺に何が出来る?
抱きしめる事しか出来ないのなら。
人ごみの中で、ゆっくりと黒澤さんの姿が遠のく。
なす術もなく、突っ立ったまま見送る。
記憶の中の、ほんのりと明るい場所が熱を帯びて、冷たい石を溶かしていく。
泣いていた。
唇をかみ締めて。
ずっとずっと、俺は泣きたかったのだ。
黒澤さんの愛が欲しくて。
叶えられなくて。
寂しくて。
この世の中に、一人ぼっちで置きざりにされたような気がして。
通り過ぎるたくさんの人たちは、自分の幸せに夢中で、俺の涙には気が付かない。
それでも。
涙を隠すためにフードを被り、夜空を見上げた。
その空で、三日月が笑っていた。
続く