54
女と手を繋いで歩きながら、何となく人波に目を移す。
幸せそうに頬を紅潮させながら歩く人。
大きな包みを抱え。
ある者は、愛おしそうに恋人の肩を抱きかかえ。
他人から見れば、俺も幸せそうに見えてるんだろう、きっと。
正面から、赤ん坊を抱えた夫婦が歩いてくる。
首が座ったか座らないかくらいの、赤ん坊。
抱きかかえる母親と、優しい目で見つめる父親。
母親の長く黒い髪の毛が、風になびく。
母親の白い顔が、ふっと前に向く。
目が合う。
「!」
一瞬大きく見開かれた切れ長の目。
そうして、口の端だけで微かに微笑み、 通り過ぎて行く。
何事もなかったかのように。
そう、何事もなかったかのように。
黒澤さん……。
探していた大事なものが現れた時、体が動かなくなるのは何故なんだろう。
頭に血が上って、顔が赤くなるのが分かる。
ぼんやりして、口元が緩む。
「どうしたの?」
声をかけられて、ハッと我に帰る。
黒澤さん!
腕に抱えた子供。
無事に出産出来たんだ、良かった!
俺の子供。
隣にいるのは……写真のアイツ!
何故そいつといるんだ?!
結婚してるって言ってたじゃないか。
それも嘘だったのか?
黒澤さんと子供が人波に消える前に、この手に捕まえなければ。
見失ったら、今度こそ二度と会えない。
追いかけようとして、引き止められる。
「どうしたの?!」
無言で握られた手を振り払う。
ジャケットの裾を捕まえられる。
「離せっ!」
カッとして、女の腕を勢い良く払う。
その拍子に女がよろけて、転ぶ。
その目が悲しそうに俺を見る。
けれど、今はそんな事に構ってなどいられない。
黒澤さんが歩いていった道を追いかける。
何故、急に俺の前から消えたんだ?
何故、いまそいつと一緒にいるんだ?
その子は、俺の子供なんだろう?
答えてくれ!
ゆっくりと歩く人にぶつかりながら、黒澤さんを追いかける。
人が多すぎて、なかなか前に進めない。
くそっ、邪魔だ。
いた!
まっすぐに走って追いかける。
もう少し。
もう少しで、手が届く。
もう離さない、離れない。
黒澤さんに追いつき、肩に手を置こうとした瞬間。
黒澤さんの腕の中の赤ん坊が、激しく大きな声で泣き始めた。
続く