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東京行きの新幹線のホームに立つ。
吹さらしのホームに、強い風が吹く。
風の中に、春の匂いが混ざる。
新しい季節の香り。
緊張と不安と期待が、代わる代わる頭を支配する。
生まれてから離れたことのない街を離れ、一人東京へ。
前に一度降り立った東京は、人の流れが早くて、
とても立ち止まっていられなかった。
そのスピードの中で、俺は流されずに生きていけるのだろうか。
ずっと、黒澤さんを思い続けていられるのだろうか。
迷わずに、真っ直ぐに。
マユを傷つけても。
自分を傷つけても。
黒澤さんを傷つけても。
それでも、黒澤さんと一緒にいたいと思った。
その思いを、保ち続けていられるのだろうか。
その思いを、黒澤さんに伝える事はできるのだろうか。
黒澤さんを、見つけ出せるんだろうか。
新幹線が、柔らかな光を反射しながら、ホームに滑り込む。
開いたドアから乗り込む。
お袋は見送らないと言って、仕事に向かった。
マユも、さすがに今日は来ないだろう。
席に座って、缶コーヒーを開ける。
温かい。
辺りにコーヒーの香りが漂い、俺はまたあの部屋を思い出す。
花とコーヒーと果物の香りが混ざり合って、居心地の良かった部屋。
記憶ばかりを辿っても意味がないと思いながら、
俺はそれを止める事が出来ない。
今は、それしか拠りどころがないから。
記憶の中で、ほんのりと明るい場所。
苦しい事の方が多かったけれど、だからこそ、
黒澤さんに包まれた温かさがクローズアップされる。
ふんわりと包まれて、俺も優しい気持ちで傍にいられた。
その記憶だけを頼りに、東京へ向かう。
発車のベルが鳴る。
誰も見送りに来ない、一人の旅立ち。
ちょっとセンチメンタルになり過ぎか。
自分で自分を笑いながら、ゆっくりと動き出した窓の景色を眺める。
!
マユ!
ゆっくりと通り過ぎた柱の影に佇んだマユと、一瞬目が合った。
髪の毛を強い風に煽られながら、泣き腫らした目で俺を見つめていた。
いつからいたんだろう?
家から付いてきたのか?
俺から卒業するって、忘れるって、昨日言っていたばかりなのに。
あっという間に新幹線はスピードを上げ、マユの姿は遠ざかる。
新幹線は窓の景色を徐々に変え、俺を東京へと運ぶ。
何もかもを、振り切って。
続く