44



「大輔君、今日から新人さん入るからよろしくね」


「はい」


新人か。


そうだな、黒澤さんが辞めて人手が足りないし、俺も卒業式の前日が最後だし。


短い間だけど、一通り教え込まなきゃ。



仕入れを終えて、車から花を運び出す。


「おはようございまーす!」


……え? 


「今日からお世話になります、森 真由美でーす!」


! 


「マユ……お前か」


「お前か、はないでしょう? よろしくお願いします、先輩」


「先輩ねぇ」


「何から始めたらいいですか?」


あれ、本気でやる気なのか?


「じゃあ、ガラスの拭き掃除やって。スプレーと雑巾は洗面台の下にあるから」


「はーい」



店へ入っていくマユ。


いつもスカートなのに、今日はジーパンを履いている。


いったん奥へ入って、すぐに玄関のガラス戸を拭き始める。


今度は何考えてるんだ?



「何にも考えてないよ。バイトしようと思って。あーお腹減ったぁ!」


客がたてこんで、午後遅くになった昼飯。


小さな弁当箱を広げ、ぱくつくマユ。


彩り豊かな、旨そうな弁当。


初めて俺に作ってきた時より、格段に上手くなってる。


人って成長するんだなぁ。


「大輔、それしか食べないの?」


「ああ……ダイエット」



俺の手元には、コンビニで買ったおにぎりと野菜ジュース。


最近、あまり食べる気がしなくて、自分で作る事も減っていた。


腹が減ってから食べる事にしていたが、


だからといって一気に食べてしまうと、後で必ず吐いた。


胃が食べ物を拒絶しているようだった。


店の帰りにホープ軒に寄るのも止めていた。



「何かやつれたよね」


「痩せたの」


「えー、頬こけてんじゃん」


「ダイエットの成果だろ」


「じゃあ、明日からお弁当作ってくるよ」


「いいよ、太るし」


「私の作った弁当は食べられないっていうの?」


「……本当に食べたくないんだ」


「……じゃあ作ってこようっと。ゴチソウサマでした!」



マユといると調子狂う。


相変わらず強引で、振り回される。



あっという間の休憩時間が終わり、仕事に戻る。


マユに電話応対、レジ周り、掃除など、雑用を教え込む。


元々器用なのか、すぐに覚えて対応する。


もうしばらくしたら、アレンジメントを教えても大丈夫そうだ。



バタバタと時間が過ぎ、閉店の時間が来た。


「森さん、初日お疲れ様。気疲れしたんじゃないの?」


オーナーがマユに声をかける。


「大丈夫です。店がすっごく忙しくてびっくりしましたけど」


「そうなのよ、ありがたいわねぇ。徐々に慣れてね」


「はーい」


「マユなら大丈夫だと思いますよ。順応性高いから」


「……私、神経図太いみたいじゃない」


「図太いだろ?」


「繊細です!」


「まぁまぁ。その調子で元気に明日もよろしくね」


「はーい」


「大輔君、マユちゃんをお家まで送ってあげてね」



オーナーの一言で、一瞬黒澤さんを思い出す。


初めてマユと三人で缶ビールを回し飲みした夜。


黒澤さんが同じ事を言った。


あの温かくて楽しかった夜が、遠い昔のようだ。



マユと二人で、無言で歩く。


風が強い。


「今日も、黒澤さんのアパートに行くの?」


「! 何で知って……つけてた?」


「ストーカーだからね」


「お前、本当にすごいな。感心するわ、いやマジで」


「粘着で執念深いのよ、私。狙った獲物は逃がさないって言ったでしょ」


「獲物か、俺は」


「そう、おいしそうな獲物。他の女が噛み付いてるけど」


「……」


「大輔は、安心して東京行きなよ」


「え?」


「バーネットは私が引き継ぐからさ、まかちょーけー!」


「まか……?」


「まかしとけ、って意味。私センス良いと思うんだ」


「そうだな。しばらくしたらアレンジメントも教えるよ」


「本当? 楽しみぃ」


「……店とオーナー、よろしくな」


「……結婚するまでだけどね」


マユが舌を出す。


「いつの予定なんだ、それ」


「さぁねー」



こんなに誰かと話したのは久しぶりだった。


気付かないうちに、体も心も、外との関わりを拒絶していたのかもしれない。


黒澤さんが消えた夜から。



続く