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「大輔君、今日から新人さん入るからよろしくね」
「はい」
新人か。
そうだな、黒澤さんが辞めて人手が足りないし、俺も卒業式の前日が最後だし。
短い間だけど、一通り教え込まなきゃ。
仕入れを終えて、車から花を運び出す。
「おはようございまーす!」
……え?
「今日からお世話になります、森 真由美でーす!」
!
「マユ……お前か」
「お前か、はないでしょう? よろしくお願いします、先輩」
「先輩ねぇ」
「何から始めたらいいですか?」
あれ、本気でやる気なのか?
「じゃあ、ガラスの拭き掃除やって。スプレーと雑巾は洗面台の下にあるから」
「はーい」
店へ入っていくマユ。
いつもスカートなのに、今日はジーパンを履いている。
いったん奥へ入って、すぐに玄関のガラス戸を拭き始める。
今度は何考えてるんだ?
「何にも考えてないよ。バイトしようと思って。あーお腹減ったぁ!」
客がたてこんで、午後遅くになった昼飯。
小さな弁当箱を広げ、ぱくつくマユ。
彩り豊かな、旨そうな弁当。
初めて俺に作ってきた時より、格段に上手くなってる。
人って成長するんだなぁ。
「大輔、それしか食べないの?」
「ああ……ダイエット」
俺の手元には、コンビニで買ったおにぎりと野菜ジュース。
最近、あまり食べる気がしなくて、自分で作る事も減っていた。
腹が減ってから食べる事にしていたが、
だからといって一気に食べてしまうと、後で必ず吐いた。
胃が食べ物を拒絶しているようだった。
店の帰りにホープ軒に寄るのも止めていた。
「何かやつれたよね」
「痩せたの」
「えー、頬こけてんじゃん」
「ダイエットの成果だろ」
「じゃあ、明日からお弁当作ってくるよ」
「いいよ、太るし」
「私の作った弁当は食べられないっていうの?」
「……本当に食べたくないんだ」
「……じゃあ作ってこようっと。ゴチソウサマでした!」
マユといると調子狂う。
相変わらず強引で、振り回される。
あっという間の休憩時間が終わり、仕事に戻る。
マユに電話応対、レジ周り、掃除など、雑用を教え込む。
元々器用なのか、すぐに覚えて対応する。
もうしばらくしたら、アレンジメントを教えても大丈夫そうだ。
バタバタと時間が過ぎ、閉店の時間が来た。
「森さん、初日お疲れ様。気疲れしたんじゃないの?」
オーナーがマユに声をかける。
「大丈夫です。店がすっごく忙しくてびっくりしましたけど」
「そうなのよ、ありがたいわねぇ。徐々に慣れてね」
「はーい」
「マユなら大丈夫だと思いますよ。順応性高いから」
「……私、神経図太いみたいじゃない」
「図太いだろ?」
「繊細です!」
「まぁまぁ。その調子で元気に明日もよろしくね」
「はーい」
「大輔君、マユちゃんをお家まで送ってあげてね」
オーナーの一言で、一瞬黒澤さんを思い出す。
初めてマユと三人で缶ビールを回し飲みした夜。
黒澤さんが同じ事を言った。
あの温かくて楽しかった夜が、遠い昔のようだ。
マユと二人で、無言で歩く。
風が強い。
「今日も、黒澤さんのアパートに行くの?」
「! 何で知って……つけてた?」
「ストーカーだからね」
「お前、本当にすごいな。感心するわ、いやマジで」
「粘着で執念深いのよ、私。狙った獲物は逃がさないって言ったでしょ」
「獲物か、俺は」
「そう、おいしそうな獲物。他の女が噛み付いてるけど」
「……」
「大輔は、安心して東京行きなよ」
「え?」
「バーネットは私が引き継ぐからさ、まかちょーけー!」
「まか……?」
「まかしとけ、って意味。私センス良いと思うんだ」
「そうだな。しばらくしたらアレンジメントも教えるよ」
「本当? 楽しみぃ」
「……店とオーナー、よろしくな」
「……結婚するまでだけどね」
マユが舌を出す。
「いつの予定なんだ、それ」
「さぁねー」
こんなに誰かと話したのは久しぶりだった。
気付かないうちに、体も心も、外との関わりを拒絶していたのかもしれない。
黒澤さんが消えた夜から。
続く