三重のセラピスト夫婦が奏でる♪心体魂の三重奏 -22ページ目

お盆だからってわけじゃないけど

虹 かやです

お盆なので

というわけではなく


死の淵をのぞいたことを書きます





日本の仏教とお盆は切り離せませんが

お釈迦様とお盆はほぼ関係ありません



ちなみに

お釈迦様のお話にお地蔵さまも存在しません



えっ?とお思いでしょうが

この話はまたいずれ





死の淵の話です



いきなり暑くなって寝付けなかったこの夏の始まりの夜



母もこうして布団に入ってたんだなぁ

まさか翌日自分が死ぬなんて思わずに・・・



となんの脈絡もなく思ったのでした


母が亡くなったのは冬ですし



その時

見えたのは母の顔ではなく

暗くて細い筒のような穴


しかも

仰向けだったので

斜め前方に伸びていたのでした右上矢印



だから


見上げている状態で


現実的に考えると落ちてはいきません


自分でも落ちる気はしなかったけど

底のわからない真っ暗な穴状のものは

やっぱり言い知れずコワイです



そしてその一瞬後に


自分にそれが起こったらもうどうしようもないのだな


ということがわかりました


あれが心残りだ とかなんとか言うまもなかった


それが母に訪れた死だったのだな





その一連のことは

ホントに一瞬のうちにわたしの中で起こったことでした




それからわたしは仰向けのまま父の死を考えました


父は

末期がんとわかってから数カ月で亡くなりました



どう見積もってもそういつまでも生きてはいられないと

思いながら病院のベッドで過ごしていたと思います



亡くなる日の昼間には

自分がいなくなった後のあれこれを

母や仕事関係の方に

打ち合わせするかのように話ていたとか



亡くなる1週間ほど前に最後に会ったわたしには



事故には気をつけろよ

おれみたいな病人のことはみんなも覚悟できてるだろうけど

いきなり それも若いモンになにかあるのはまわりにきつすぎるから


と言って見送ってくれたのでした






対照的な両親の死ですし

それはどうしようもなく誰にでも訪れるのだけれど

それぞれにすごいなと

改めて思うのです



ふたりの死に目にはまったく間にあわなかったわたしに

最後の在り方を見せてくれたのだと

思うのです



実家は寺だというのに

お釈迦さまは大好きなのに

墓参りなどおろそかにしっぱなし


でも

おりおりに

母を思い

父の言葉を噛締めるのでした



いただいた線香花火 楽しもうかな