とある眼鏡の自転車屋 -8ページ目

ジロ・デ・イタリア 日本人区間3位

新城幸也選手が昨日のジロ・デ・イタリアで区間3位に入賞しました。途中から逃げグループを形成し、大集団に飲み込まれる寸前でゴール。敢闘賞も手にしましたね。

自転車レースでは「アタック」といって集団から逃げる攻撃は常に繰り返されるのですが、そこに日本人が加わったということ。ジロというイタリアを一周するビッグレースだったこと。区間3位だったこと。全てが素晴らしいのですが、最も素晴らしいのは、、、



 新城幸也が集団に飲み込まれる瞬間、諦めないで再アタックをかけたこと!!!!



 これなんですよ。

地元メディアだけでなく、海外メディア全てがこの勇気ある再アタックを評価しています。3位だから惜しい~という気持ちもあるでしょう。でも、この3位は優勝よりも重い3位です。

自転車レースは駆け引きの応酬ですが、騎士道のスポーツでもあります。「誇るに足る敗北は卑しき勝利に勝る」という目線でファンもレースを注視します。

昨日の新城くんのレースは日本人としての順位とかだけではなく、「新しい王様の誕生」なのだと思います。そして世界の自転車ファンが確実にその誕生に気付きました。


 「新城幸也は突然変異だ」とかねてから宣言しているワタクシとしては、まだまだ彼のキャリアの最高潮は先だと思っています。

 あくまで個人的な希望も含めてですが、ビッグレースの区間優勝だけでなく、彼には「世界選手権」を制する可能性が十分にあると思います。




 それにしても、、、


 彼との今度飲みましょうという話が、どんどん非現実的になってきたことだけが悲しいwww


テナント発見と発熱

月曜日に眼を付けていた町を徹底的に散策。ちょっと風邪っぽかったのですが、まぁ大丈夫だろうと思ったのが失敗でした。

東京に来てから、何度か引越していますが、基本的に足を使って部屋を探しています。今の部屋も本来は事務所ですが、住める作りになっていて、隣がスナックでカラオケがうるさいから家賃が安いのですw

というわけで、テナント探しも足を使っています。事前にネットなどで調べたテナントを確認しながら、途中の不動産屋とかも全部見る感じ。

今回は、同じ町で3度目のフィールドワークです。

で、いいテナントがついに見つかりました。内装とかの問題があるのですが、ここならイケると経験と勘がビンビン来ます。内見もしてきましたが、天井も高くて駅からも近い。オフィス群からも近い。

んで、営業時間あたりの人の流れを見るために、その後も数時間歩いたら、、、、、


 熱出てきた。。。。 寒くない格好はしていたけど、疲れが出たみたいっす。。。


 咳でるし、関節痛いし、、、最悪やわ~。ううぅ、だるい。。。。。。



 早く治して、設立登記の準備もしないと。。。(泣)

母の日でしたね


 一応、ばあちゃんとオフクロにお菓子とか送ったり、うん、送っています。

 東京出てきてから欠かしてないです。遅れることは、、、ままあるがw 今年は間に合った。



 ピグともさんとかのブログを拝見していると、本当に心があったかくなるブログとかもあって、

 ちょっと泣きそうやった。まぢで。


 
 俺は、まぁ自転車で御飯を食べているわけですが、やはり母親無しでは、この道には進めなかったなぁと思っとりますけん(←広島風w)

 一番覚えているのは、誕生日に自転車を買ってもらえることになっていて、当時流行していたBMXを買ってもらうことになってて、2万円位だったと思う。。。赤いヤツで、事前に見てて、決めてたやつ。

 んで、誕生日に、オカンと自転車屋に行って、、、

 



 俺は、




 一生この日を忘れんわ。





 俺が本当に欲しかったのは、変速付きのスポーツ自転車で、それは6万円弱するやつだったんです。

 毎日自転車屋に通ってた俺だけど、見ないように、意識しないようにして、、、

 BMXのほうがいいんだって思うようにしてた。


 でも、俺は、その日にものすごいかっこいい自転車を見てしまって、、、もう電流が流れてしまって、、、体がまぢでシビれた。

 欲しいとか、欲しくないとかじゃなくて、、、


 あれは何だろうね。黒人少年のトランペット的な? 少年のエレキギター的な? 不良少年のボクシング的な? YAZAWAのROCK的な? そういうものを全部足したくらいですよ。27年たっても覚えてるんだからw


 でも値札見て、まじで凍ったのも覚えてる。俺はあの頃、自分の家の貧乏が正直怖かったから。


 オフクロに「どうしたの?」って言われて、、、、俺、その瞬間からガン泣きしてもうて、、、、


 今、思い出しても泣ける。


 

 お店の人は俺が毎日来てるから、たぶん、俺がコレ欲しいのは、本人以上にバレバレに知ってたやろうと思う。

 当時、オフクロは27歳でひとりで、俺と妹とばあちゃんと病気のじいちゃんとを食わせるために必死に働いてた。

 

 あの自転車の値段は、あの時住んでたアパートの家賃より高かったはずや。

 
 怒りもしないで、「大事にしなさい」しか言わんで、

 あの自転車、買ってくれてありがとう。おかん、あん時、かっこよすぎて今でも覚えてるわ。




 あれは、自転車ってだけじゃなく、俺の人生の鍵だったと思います。本当にありがとうございました。まじで、それ以外の全部も。



 自分が、あの日のオフクロよりも年とってからは、母の日と誕生日のたびにこの日のこと思い出します。思い出せば、折れた心もなんでも、、、最強無敵のあの瞬間にリセットされる。何万回でも初心に戻れる。



 親は偉大やな。


 自転車ばっかりずっと、、、ようやるわね。 と言ってくれるオカンですが、それはママンのおかげです。心から感謝!