こんにちは。

 

ことだま師の

前田大介です。

 

 

昨日、ことだま50音基礎講座があり、

「た行」を参加者さんと学びました。

 

 

私の名前にもある「た」のことだまは

 

「た」=立つ、立てる(自立する)

 

を意味します。

 

 

「しっかり自立すること、大事だな」

 

 

私も以前初めて聞いたときは単純にそう思いました。

 

 

しかし、

その意味はもう少し意味が深いものでした。

 

 

 

「立てる」

何を立てるかが大事だったのです。

 

 

************

 

本題に行く前に

少し私の過去の話を聞いてくださいね。

 

 

 

私は小学3年の頃(10歳)、親に連れられて

とある新興宗教に行きました。

 

 

「この生き方をすれば幸せになる。

そして世界は平和になる!」

 

 

とすごく共感した私はそれから約15年、

熱心に通い学び続けました。

 

 

宗教活動にはいい面、悪い面

両方あると思いますが、

 

この時私は

「自分の我を出さず、人の為に生きよう」と

 

完全に「他人軸」の生き方にどっぷりつかりました。

 

 

決してこの生き方が悪いわけではありませんが

一方にだけ傾くと「バランス」が悪いのです。

 

 

自分のことは横に置き、人の為だけに生きようとすると

本当に自分自身が分からなくなっていきました。

 

 

その当時は立て続けに女性から

 

「あなたの本音が見えない…」

 

と振られ失恋ばかり(笑)

 

落ち込む毎日でした。

 

 

今となっては笑い話の一つですが

それぐらい自分が分かりませんでした。

 

 

 

その後、名前のことだま®に出会い

本当の「自立する」ことの意味を聞いたときに

目からウロコでした。

 

 

 

ことだまの本題に戻ります。

 

 

「た」は『田』(収穫、命の糧を得る所)

 

を意味します。

 

 

この場合の「田」は

地上にあるものではなく、

実は天にある「田」のことなのです。

 

高天原(たかあまはら)にある「田」のことです。

 

 

ご存知の通り、高天原とは

神話(古事記)にも描かれる日本の神々がいる場所です。

(高天原では神様が田で稲作をしています)

 

 

その天と私(地)を繋ぐ『柱』を立てること、

(※柱(はしら)=端と端を繋ぐもの、天と地を結ぶ)

 

つまり、天の力を自分に流すパイプのような柱を立てる、

そのことを「自立」と意味付けしているのです。

 

 

 

今の時代に合わせて表現するなら

「自分軸」を持つと言い換えられるかもしれません。

 

 

そのことを知って過去を振り返ると

私は「他人軸」で一生懸命生きて来たなと感じます。

 

 

人の目線を気にして

人の基準に自分を合わせてきました。

 

(教祖がこうやるといいよ、ということは

一通りやりましたね)

 

 

しかしそれではやはり思うようにいかない。

頑張っても頑張っても空回りするばかりです。

 

 

今なら分かりますが空回りするのは当然です。

何故なら柱が立ってなかったからです。

 

他人の柱で回ろうとしていたからです。

 

 

 

「た」のことだまで

本当の自立の意味を知った私は、

 

最近では少しずつですが

上手く回れるようになってきました。

 

 

 

では自分の柱が見えなかった私が

どうやって柱を立てるようになったのか。

 

 

長くなりましたので

次回以降、書いていきたいと思います。

 

 

それでは今日はこの辺で。

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございました。

 

 

 

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