こんにちは。
ことだま師の
前田大介です。
昨日、ことだま50音基礎講座があり、
「た行」を参加者さんと学びました。
私の名前にもある「た」のことだまは
「た」=立つ、立てる(自立する)
を意味します。
「しっかり自立すること、大事だな」
私も以前初めて聞いたときは単純にそう思いました。
しかし、
その意味はもう少し意味が深いものでした。
「立てる」
何を立てるかが大事だったのです。
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本題に行く前に
少し私の過去の話を聞いてくださいね。
私は小学3年の頃(10歳)、親に連れられて
とある新興宗教に行きました。
「この生き方をすれば幸せになる。
そして世界は平和になる!」
とすごく共感した私はそれから約15年、
熱心に通い学び続けました。
宗教活動にはいい面、悪い面
両方あると思いますが、
この時私は
「自分の我を出さず、人の為に生きよう」と
完全に「他人軸」の生き方にどっぷりつかりました。
決してこの生き方が悪いわけではありませんが
一方にだけ傾くと「バランス」が悪いのです。
自分のことは横に置き、人の為だけに生きようとすると
本当に自分自身が分からなくなっていきました。
その当時は立て続けに女性から
「あなたの本音が見えない…」
と振られ失恋ばかり(笑)
落ち込む毎日でした。
今となっては笑い話の一つですが
それぐらい自分が分かりませんでした。
その後、名前のことだま®に出会い
本当の「自立する」ことの意味を聞いたときに
目からウロコでした。
ことだまの本題に戻ります。
「た」は『田』(収穫、命の糧を得る所)
を意味します。
この場合の「田」は
地上にあるものではなく、
実は天にある「田」のことなのです。
高天原(たかあまはら)にある「田」のことです。
ご存知の通り、高天原とは
神話(古事記)にも描かれる日本の神々がいる場所です。
(高天原では神様が田で稲作をしています)
その天と私(地)を繋ぐ『柱』を立てること、
(※柱(はしら)=端と端を繋ぐもの、天と地を結ぶ)
つまり、天の力を自分に流すパイプのような柱を立てる、
そのことを「自立」と意味付けしているのです。
今の時代に合わせて表現するなら
「自分軸」を持つと言い換えられるかもしれません。
そのことを知って過去を振り返ると
私は「他人軸」で一生懸命生きて来たなと感じます。
人の目線を気にして
人の基準に自分を合わせてきました。
(教祖がこうやるといいよ、ということは
一通りやりましたね)
しかしそれではやはり思うようにいかない。
頑張っても頑張っても空回りするばかりです。
今なら分かりますが空回りするのは当然です。
何故なら柱が立ってなかったからです。
他人の柱で回ろうとしていたからです。
「た」のことだまで
本当の自立の意味を知った私は、
最近では少しずつですが
上手く回れるようになってきました。
では自分の柱が見えなかった私が
どうやって柱を立てるようになったのか。
長くなりましたので
次回以降、書いていきたいと思います。
それでは今日はこの辺で。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
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