今私は福祉事業所に関わっています。
きおっちょら、という自立訓練(生活訓練)事業所です。
障害のある方も、ご本人の意志を尊重できる社会を…。
という思いから、福祉の現場では「意志決定支援」とか、「意志選択支援」などという言葉が使われます。
本人の意志を大切にしましょう、というのは非常に当たり前なことです。
しかし、その、本人の意志というのはちゃんと育っていますか?という疑問があります。
そういえば、「意志形成支援」という言葉もあります。
それはおかしいでしょ、と、私は思います。意志の形成は支援するものではなく、自然と形成されるもの。邪魔されなければ…。
何が好きか。何が嫌か。
何をしたいか。何をしたくないか。
この感覚を思い起こさせるのには、自分の衣類全ての好き嫌いを見極める事、役立ちます。
好きな服だけを残す。
やってみたらわかります。
「高かったから…」
「せっかく頂いたものだから…」
「いつか着るかもしれないから…」
「この世的価値観」で、意志がうやむやにされてしまっている事の何と多いことか。
本当の自分の気持ちがわからなくなっている人、多いと思いますよ。
それを確かめる方法は、「自分は今日、夕飯に何を食べたいか」を考える事も一つです。
自分が何を食べたいかがわからない、というのは相当自分の意志を見失っているかもしれません。
わからない時はスーパーをまずぐるっと一周してみてもいい。「あ、これ食べたい!」と思える物に出会えるかもしれない。
何も食べたくないなら、食べないという選択をすればいい。
時間だから食べなきゃ、ではなく、食べたいから食べたい物を食べる。
それをやってみたらいい。
家族のために「今晩何にしよう」と悩むのはよくあることですが、以前私は言われたことがあります。
「毎日夕飯のメニューを考えるのが苦痛だ」と言ったら、「自分が食べたい物を作ればいいじゃない?」というのです。
そこではたと気付きました。
「わたしは、わたしが食べたいものがわからない…」
大変なことですね。
自分の意志が無い状態。
自分を取り戻すためにも、「今、何が食べたい?」と自問自答するのは、案外、自分を知るためのいい方法かもしれません。
そんな私は、今一人暮らしに近い状態なので、食事は自分次第です。
同居している両親とは食事を一緒にしていません。それぞれのペースを侵すことなく同居しています。
今日は「美味しい肉が食べたい!」と思いました。
自分のために。自分が最高のシチュエーションで食事ができるように。
職場(きおっちょら)向かいに、老舗肉屋さんがあるものだから、100g1,000円くらいの仙台牛、買ってきました。
「4切れだけ、いいですか?」と![]()
大満足です。
生のビーツが手に入ったので、ニンニクと一緒にオーブンでロースト。
お肉は鉄のフライパンで焼きながら。
自分の「好き」をとことん突き詰める。
自分の「今」「したいこと」「食べたいもの」「着たいもの」をちゃんとキャッチできること。
日々大切にしていきたいものです。
そんな生活、考え方に至った私のストーリー。
こちらからどうぞ。
