7月5日(火曜日)
この日の明るいうちに是非見ておきたいところがあって
午前中には金沢西ICから北陸自動車道にのって
琵琶湖をひたすら目指す。
昼ごろには琵琶湖に到着。

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湖岸道路を時折離れて
こんな風景の場所を通り抜けてみる。
メタセコイヤ並木だ。
車で走るとあっという間に終わってしまった。

あまりにもすぐに終わってしまったので
後ろのほうも振り返ってみた。

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こんなところを通り抜けてきたのかぁ~
と、2度楽しめる

あ・・

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寝てる人がいた。。

時間があれば降りてのんびり散策もいいかも。
他には特に何もないところだけど。いいかも。琵琶湖。

↓北側からの眺め。

本当に時間がなさすぎる。。
くるみの休暇がもっと取れればいいんだけどなー。。

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海とまちがえてる娘がいた。^^;

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湖岸道路は走りやすい。
どこかで取り締まりをしているかもしれないから
制限速度はきちんと守る。

旅行前に調べたガイドブックでは
琵琶湖周辺の店の多くが火、水、木お休みのところが多い。
行ってみたいな、と思った湖岸のステキなカフェとか天然酵母のパン屋さんとか
全部火曜休み!
なので琵琶湖大橋を渡って草津に行くまで
ひたすらのんびりドライブ。

天気はいままでで一番よいが、暑い。
晴天だったらもっと暑かっただろう。
どんぐりをつれての長旅、これでよかったのかも。
全部晴れでは暑さで具合が悪くなっていたかもしれない。

見たい場所ではいつもどこでも雨は止んでくれていた。
不思議と。
ご先祖さまが助けてくれていたのかもしれない。

なにをデンパなことを、なんて言われるかもしれないけど。
これから向かう先は何を隠そう
我々のご先祖様たちが暮らした土地なのでした。

琵琶湖大橋を渡り父方の祖母が生まれ育った草津市に向かう。
草津の水生植物園で蓮が咲いているというので見に行く。

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ステキな園内の池。

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どのあたりで祖母が子供時代を過ごしたかなど知らないが
その草津の風ってものを感じてみるだけでもいっかなぁ~と街を通り抜け
次の目的地、安土信長の館を目指すも
夕方も迫ってきたので今回は諦めることにした。

父方の祖父が生まれ育った近江八幡を
ぜひとも明るいうちに訪ねてみたかったから。
10年前に弟が戸籍を移す関係で知った祖父の本籍のあった場所は
すぐにわかった。

この通りに違いないと入り込んだ道はなんとも狭い。
少しの間も停車もできない感じ。
駐車場を探すのにくるくる街中を走ってみた。
八幡神社前に車を止めることができたので
近くの和菓子で急いで饅頭などいくつか買い(閉店間際だった。どんなことがあっても饅頭のたぐいははずせない・・
祖父の家があった場所へと早足で行ってみる。

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八幡神社のすぐ近くにある八幡掘り
船でこの堀沿いを遊覧することもできるらしいが
どんぐりは小さな船をこわがったことがあるので
今回は無理。(時間も遅かったし)
いつかまたゆっくり来ようと思う。

ここから近江八幡駅に向かって歩くとすぐのところあたりに
祖父の家があったと思われる。

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”あきんど通り”という名の通りは車が一台通れるくらいの細い道。
昔は商人の家がいっぱいあったらしい。

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戸籍法改正前の原戸籍というのがあって
それによるとこのあたりなんだが・・・
ここは空き家だった
中をのぞきたいけど不審者みたいだからやめておいた
そうかどうかの確信も持てないけど
こんな感じのとこ、で十分。

とにかく祖父や曽祖父はこの「仲屋町上36」に住んでいて
彦根城に出入りする商人(あきんど)の家であったと祖母から聞いていた。

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このあたりにはウィリアム・ヴォーリズ(建築家であり、ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(現メンターム)を広く日本に普及させた実業家でもある)
の建てた洋館がたくさん今も残っていて
仲屋町のあきんど通りにある旧郵便局もその一つ。
これは大正12年頃建てられたものだそうだ。
その頃はたぶん祖父はもう大阪あたりに出て仕事をしていた。
いろんな話、父や祖母が生きてるうちにもっともっと聞いておけばよかった。
でも若い頃っていうのはあまりそんなことって考えないものです。よね。

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祖父母。くるみとどんぐりの曽祖父母。

とにかくここにこれてよかった。
薄暗くなってきたので
近江八幡駅すぐそばのビジネスホテルに向かうことにした。

次の日は横浜に向けてひたすら走るのみ、
早く休まなければね。

まだまだ続く。