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スリランカの聖地の一つに、カッタラガマという場所がある。

カッタラガマとは、ヒンドゥー教のムルガン神のスリランカでの呼び名だが、なぜこの地がムルガン神の聖地になったのかは諸説がある。古くはスリランカの原住民であるヴェっダ人の聖地だったが、その後仏教寺院が建設され、神仏混合から、ムルガン神が仏教の守護神となり、15世紀頃までにはムルガン神を祀る神殿となったらしい。今では、仏教とヒンドゥー教と、ヴェッダ人にとっての聖地になっている。

カッタラガマは、インドの聖者ババジについて書かれた、マーシャル・ゴヴィンダンの書の中でも、ババジがカッタラガマに訪れた時のエピソードが書かれており、サイババの書で有名な青山氏の書の中でも紹介されている。スリランカでカッタラガマは非常に人気の神様で、至る所に祀られているが、強く印象に残ったのは、ペラヘラ祭りの時に激しいリズムに合わせて上半身裸で、トランスしたように踊る一団を見た時だ。狂気じみても見えるが、なぜか興味関心がそそられ、前々から行ってみたいと思っていた。

かれこれ10年近く前のこと。スリランカの訪れた時に、少し時間が取れたので行ってみることにした。丁度その時、同じタイミングでスリランカの来ていた日本人女性も行きたいというので、一緒に行くことになった。

彼女はガンに罹患してしまったが、アーユルヴェーダの治療で寛解し、そのケアでスリランカに訪れていた。痩せてはいたが快活で、とても最近まで病気を患っていたようには見えないくらい元気だった。

スリランカを旅行する時に一番苦労するのは移動だ。広さは北海道くらいで、一応電車も走っているが、時間がかかりすぎる。道路網も比較的整備されているが、高速道路は一区間しかなく、グネグネ曲がった一般道をひたすら走る他にない。コロンボからカッタラガマに行くには、車で片道10時間以上かかるので、途中でいくつかの町を回りながら行くことにした。

 

途中で立ち寄ったアーユルヴェーダ施設でのことだ。スリランカではアーユルヴェーダは医療として認定されており、国立の病院もあるくらいだが、観光客が訪れることはできず、観光客向けのリゾートホテルやトリートメント施設に行くことになる。残念ながらこういった施設の中には、希釈した粗悪品を高値で売りつけたり、意味のない施術を施すところも多い。

立ち寄った施設も、物売りの姿勢プンプンで、胡散臭さ満載だったので、早く立ち去ろうとしたが、そこにいたドクターが脈診だけもみてあげるといい、半強引に彼女の脈診をみだしたのだが、その瞬間ドクターの顔色が変わった。

彼女は一言も言っていないのに、彼女がガンに罹患して寛解したことや、再発の危険性があることを話し出した。毎回不思議に思うが、脈をとっただけでなんでそんなことがわかるの?というドクターに何人も会ったことがある。これは超自然的な力ではなく、技術だと彼らは言うが、この怪しいドクターもその技術は持っていたようだ。

ドクターの診断を聞いた彼女はその場に泣き崩れてしまったが、無理もない。ドクターは、ここで3ヶ月間治療をすれば、再発せずに済むと言ったが、それなりの高額な治療費だった。その時、彼女は別のドクターの診断を予約していたので、その人にもみてもらった上で決めればいい、と説得しその場を立ち去った。そこからカッタラガマに向かう道中、重い空気が車内に漂っていた。

寺院に到着したのは14時を過ぎた頃だった。お祈りの時間には沢山の人が訪れるそうだが、その時は人もまばらで閑散としていた。捧げ物用の花を購入し、皆で祈祷を受けた。時間にして5分か10分程度の短いものだったが、終わった後には彼女の表情も明るくなって、近くの食堂でカレーを食べた。

翌日、彼女は別のドクターの家に行き、そこで別れたのが最後だった。数年後彼女はガンを再発し、闘病虚しく帰らぬ人となってしまった。

インドやスリランカでは、カルマという考えがあり、人は何回も生まれ変わり、過去生の出来事が現世にも影響を与えているという。そのため生まれた瞬間に一生の運命が決まっているともいう。いい出来事も悪い出来事も、それぞれに意味があり、その意味を理解しまっとうすることが重要らしい。亡くなる直前、彼女は穏やかに笑っていたらしいが、多分彼女はその時、自分の人生の意味を理解したのだと思う。