私は教師です。
 
 
 
大学卒業後すぐに教員になれた訳ではなく、産休や病休の代替講師を数年したのち、やっと採用。今年度で約19年教育の場でお仕事をしていることになります。
 
講師時代を含めると、小、中、高、特別支援といった複数の学校種のほか、学校現場を離れた教育委員会でも働きました。教員の世界では、教育委員会での行政職や指導主事として働くことが、偉くなるためのステップ的なところがあります。
 
私の場合は、たまたま縁あっての流れでしたが、ちょっと偉くなった気分というか、あたしすごいでしょみたいなところありました。
 
 
教員を目指したきっかけは、恩師が言った
「絵が好きなんだったら、教員は好きなことを仕事にできるぞ」
この言葉はとても魅力的でした。絵を描くのが好きで美術部に入り、油絵を描いていましたから。
 
美術系の大学に進み、免許を取得して、教員採用試験を受け続けました。途中、へこたれそうになりましが、講師時代の勤務先で出会った生徒や先生たちとの関わりで得られたやりがいが私を支えてくれました。
 
念願叶って、ついに採用。
 
 
教員1年目
 
私の天職だー!と喜びを噛み締め希望に溢れていました。しかし、芸術科目は時数の削減が著しく、教育に重要なものではないと言われているかのようで、特に本県では如実にその傾向を強く感じます。そんな状況を変えるために偉くなるんだ!校長にでもなれば何か変えられるかもしれない!なんて本気で思っていました。
 
 
初任の学校では、指導教官をはじめ、先輩教員たちは色々教えてくれ、私を励ましてくれました。プライベートでの付き合いも喜んで参加していました。
 
 
 
そして、教員2年目。
 
 
 
私は、とても信頼していた先輩教員に、肉体関係を無理矢理強いられました。あまりのショックに過呼吸になり震えが止まらなかったのを覚えています。
 
 
でも、
自分に落ち度があったからだと、後ろめたさを引きずり
 
そして、友人に相談しても、共感してもらえなかった。
 
私が悪いと軽蔑さえされた。
 
 
 
そして、その関係はしばらく続いた。
私からも求めるようになった。
 
常識とか
道徳心とか
自制心とか
どうすべきだとか
どうあるべきだとか
 
幼い頃から積み重ね刷り込まれきたものが、効かなくなった。
 
 
 
でも、ちょっと俯瞰して面白がっている自分もいたように思う。この、もう一人の自分が、何を求めていたのか。これに向き合うのが、正直怖いのです。
 
 
 
もちろん、今はまったくそんな関係はありません。
 
 
ですが
こんな人間が教師をやっています。
 
 
 
 
 
そして、この記事を書いていたら
 
「今度の土曜日釣りに行きませんか」
 
って、その人から突然メールが来た。
なんなんだ、このタイミング。
 
 
 
 
「行きません」
 
 
 
 
 
なんかまだ、私の中の未解決なものが
ふわふわとよぎる。