この正月に映画「こんな夜更けにバナナかよ」を観てきました。筋ジストロフィーの男性が主人公の実話です。
心屋塾認定講師ヅカ姉さんのブログを見たらこの映画を紹介していて、これは観なきゃーと映画館直行‼️
映画の中で、バシバシ響く言葉や感情描写がたくさんありました。
詳しくは書きませんが、やりたいことに忠実で、しっかり声に出して相手に伝えるという、自分を大切にするシンプルな法則で生きる姿がそこにありました。
そんな彼のボランティアの1人、高畑充希演じる美咲が、私の蓋をしていた出来事や感情を触発するのでした。
私の初任校は支援学校でした。
そして、初めて受け持った生徒が筋ジストロフィーの高1男子でした。
当時のことが次々と出てきて、まるで2つのスクリーンが重なるかのように、方や笑いと感動のストーリー、方や非情で臆病な私のストーリーが展開。
映画館のスクリーンでは、美咲が不本意な形で彼のボランティアを始めたものの、常に本音で生きる彼といることで自分らしさに気づき、人間として対等な関係を築いていきます。
そんな彼女の心根の美しさと成長ぶりが眩しく疎ましく見えました。
一方、脳内スクリーン
正直、びっくりだったんです。
いきなり支援学校に赴任したことに。
筋ジストロフィーという難病に。
体の奇形や自閉、知的障害、他にも重度重複障害の人たちがいることに。
一生、病棟で生活する人生に。
まるで、隔離されるかのようにひっそりと。
街中でそういう人たちがいた時、
じろじろ見てはいけない、と誰かに教えられたような、自分がそう思ったのか。
病棟では毎日お風呂に入れる訳じゃないから、頭髪や顔が汚れていて臭う。
病棟で入浴介助をすることもあったし
痒いところを掻いてあげたり
耳垢を取ってあげたり
排泄したあと拭いてあげたり
オムツを替えたり
よだれを拭いたり
食事介助したり
医療行為以外、なんでもやるのが仕事でした。
もちろん、男子の下の世話はしませんでしたが、他のクラスの女子のはやっていました。しかも、特殊だったのが私よりも年上の30〜40代の生徒もいたので、介護ってこんな感じなんだろうなぁと思ったりして。
「くせ〜」とか「きたね〜」とか
言えない。
言っちゃいけない。
言うべきじゃない。
そんなこと表情にも出さないでお世話するのが、あるべき姿。
そのあるべき姿のため
周囲から善人に見られるため
「何でもやります!勉強します!」
と初任者っぽく振る舞うために
私は必死だった。
でも、本当はすごく嫌だった。
だから、彼女のようになれなかった自分が残念で仕方がない。
私は、初めて受け持った生徒を腫れ物を触るかのように接していました。
だから、彼が心を開いてくれた手ごたえはありませんでした。
治らないと言われている病気の人に対して、言ってはいけない言葉や概念などのタブーを私が勝手に作って怖がっていたんだと思います。
そして、
旅立った生徒もいました。
いつもそれは突然でした。
前日までは特に変わりなかったのに、翌朝の訃報。
ちょっと精神的に耐えられるものではありませんでした。
だから、この手の映画やドキュメンタリーなど観るのを避けてきました。
でも、わざわざ観に行ったんです。
ヅカ姉さんからの紹介や大泉洋、三浦春馬らのキャスティング効果もあったと思いますが、出会うべくして出会ったと言える映画だったと思います。
あの子たちはどうしているだろか
生きているだろうか
そして、こうしてブログを書いていたら
「あけましておめでとうとございます」
と、当時の生徒の1人からLINEが届く。
生きてた。
ブログ書いてるときの意識の飛び方がすごい。こちらでもこんなことが→こんな人間が教師やってます①
そう。
そして、この記事に書いた先輩教師との関係の時期とも重なります。
私は最低でしたね。
未熟で無知でしたね。
こんな自分から目を背け、いい人を演じていました。
だから今、いい人じゃない最低な自分を認識する作業をブログでしています。
当時の蓋をした感情にジャッジするのではなく、ただただ、認めるだけ。
どんな最低な自分でも、
否定しない。
どんな最低な自分でも、
認めて受け入れる。
そういう責任を自分で持ちたい。
新年一発目のブログが、なんとも嫌な自分を味わってのスタートになるとは‼️

