※最近の楽しみは、AI――ボウフラ――に
「寸劇でも書いてみて」と気軽に言ってみることです。
私は別に歴史に詳しいわけでも、いい
脚本が得意なわけでもありません。
ある日なんとなく、
「幕末の志士たちとイエス様が討論したら?」と
ボウフラに頼んでみたら、
思っていた以上にちゃんとした話が出てきたので、
消すのももったいなくて、そのまま残しておくことにしました。
私はただ、AIが出してきたこの物語を
整えて置いてみただけです。
大した文ではありませんが、
何か感じてもらえたらうれしいです。
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円卓討論記(ボウフラAI記述)
時は幕末。
志に燃える男たちの円卓に、
一人の異国の客――イエス・キリスト――が座っています。
お題「自由は、誰に舵を預けるか」――
(囲炉裏の火。湿った薪が時おり小さく弾ける。七つの影。
空気は張りつめ、しかし誰もまだ刀も十字も抜かない。
声は時に被さり、時に退き、火のはぜる音が会話の隙間を縫う。)
第一景 仕え先の名を言え ―― 火の問答(ひのもんどう)
勝海舟「ようし、まずは腹割ってだ。自由だの天下だの言うのは易しいが、実際どこに仕えるかで器が見える。松陰先生、あんたの“志”は結局どこへ仕えてた?」
吉田松陰「国だ――いや、国という名の“理想”だ。だが理想はときに人を見失わせる。民の顔が霞む。私の欠はそこに……」
高杉晋作「先生、民を見失ったのは皆だ。俺だって御用金をひっぱたいて回った。幕を倒すにゃ手がいる。理屈じゃ動かん連中を動かすには金が要る。理想だけじゃ腹は膨れん!」
坂本龍馬「晋作、金で動かすと金で離れるぜ。海は嘘つかん、潮に逆らえば船は割れる。俺は“誰に仕えるか”を船頭の勘で決める。国か? 藩か? いや、人だ。結局“人”につけるかどうかだろ?」
西郷隆盛「人に仕えるは人情。じゃっどん、情はすぐ濁る。拙者は“天”に仕えると申した。天を敬し人を愛す。されど天がただの言い回しになったら、そのとき拙者は堕ち申す。龍馬、勘だけじゃ天は見えん。」
土方歳三「くだけた話をしよう。俺は“隊”に仕えた。名も家もない連中の背骨に規律を打ち込む、それが務めだ。自由? 規律なき自由は放埒っていう。新撰組が嫌われるのは承知だが、放埒を踏み潰す役も誰かがやらにゃならん。西郷さん、天だけじゃ現場は回らねえ。」
(囲炉裏の向こう、イエスは黙して皆の目を順に見ている。
視線が合った者は、わずかに呼吸を整える。)
イエス「あなたがたは皆、仕えている。国に、理想に、同志に、天に、規律に。――では“真理”には仕えているか。」
(短い沈黙。薪が弾ける。)
勝「真理ねぇ。船でいえば“海図”だ。海図が嘘なら座礁だ。だが海図にも誤りはある。だから勘もいる。イエスさんよ、真理ってそんなもんじゃねえか?」
龍馬「海図と勘の真ん中に“人徳”がある。徳のない船頭は真理を見てても舵を切れん。イエス様、あんたの言う真理は“徳”とどう違う?」
イエス「徳は人の働き。真理は人の外にある。徳は磨けば増すが、真理は磨けない。受け入れるか、拒むかだ。」
松陰「ならば問う。受け入れ方を誤れば、真理もまた“旗印”として人を殺し得るのでは? 君の教えも十字軍で血を流した。」
イエス「真理は人を殺さない。人が“真理の名”で人を殺す。」
(松陰は言葉を止める。
胸の奥で何かが軋む。
“志”の名で若者を死地へ送ったあの夜の火が、
囲炉裏の炎と重なったように見えた。)
土方「綺麗だが、現場じゃ血が出る。池田屋の晩、抜かねば京は火の海だった。真理が血を止めてくれるのか?」
イエス「止血は包帯の務め。真理は“なぜ傷つけ合うのか”を照らす。包帯は明日も要るが、光は一度で足りることもある。」
(火がわずかに明るくなる。誰も口を挟まず、呼吸が一拍そろう。)
第二景 熱と理と、イクサの後 ―― 残火の理(ざんかのことわり)
高杉「光だけじゃ風邪をひく。俺らは“現場”の熱で動いた。御用商人を揺さぶり、長州を割り、攘夷を踊り場にして最後は開国へ身を切り返す。理屈はあと付けだ。」
勝「晋作坊、そこは認める。だが開国は理屈が要る。大砲は理屈じゃ止まらんが、条約は理屈で通すしかねぇ。熱と理が喧嘩してるうちは国は立たん。」
(ここで火が静まる。
全員が沈黙し、各々の戦の記憶に沈む。)
西郷「熱は民を動かし、理は国を保つ。どちらも欠けば乱世に戻る。主よ、“自由”は熱と理のいずれに偏すべきか。」
イエス「偏すれば崩れる。自由は“何からの自由”ではなく“何への従属”で形を取る。熱に従えば暴、理に従えば冷。愛に従うとき、熱は仁となり、理は義となる。」
松陰「愛を掲げよと? 私の門下は“愛国”を叫び、時に“討つこと”を愛と解した。結果、若者を死地に送った。愛は曖昧すぎる。」
(松陰は俯き、唇を噛む。
その言葉は、自分に対する告白のようだった。)
龍馬「先生、それでも先生の“狂”は俺を動かした。国のかたちを取り替えるのに、ぬるい説教じゃ海は渡れん。」
土方「“愛”は戦の合図にならん。敵前で赦せと言えば列は乱れる。」
イエス「赦しは戦の“前”に言うものではない。戦の“後”に言わねば、次の戦が始まる。」
(重い沈黙。火のはぜる音だけが響く。)
第三景 自分を神としない ― ―沈黙の裂け目
高杉「イエス様、直球で聞く。俺らの仕え先はそれぞれ違った。どれが間違いで、どれが正しい?」
イエス「間違いは“自分を神とする”こと。正しいのは“自分を道具とする”こと。国を神とするのも、自分の延長だ。人を神とするのも、自分の映しだ。」
(土方の拳が小さく震える。
“隊”という言葉の裏に、自分を神にしていた時間を思い出す。)
土方「隊も、か? 隊は神じゃねえ、家族だ。」
イエス「隊を神とした瞬間、隊士は“数”になる。名を呼べなくなる。あなたは名で呼んだだろう、土方。」
(土方が目を伏せ、短くうなずく。)
西郷「拙者もまた“天”を掲げ、時に“人”の顔が見えなくなった。」
勝「勝手に走る胆力も要るが、“勝手”だけじゃ群れは散る。」
龍馬「個が群れの前を走るなら、その足は誰に捧げられてる? 名か、夢か、主か。」
松陰「“名”は軽し。“夢”は重すぎる。“主”は——重くて、しかも軽い。」
イエス「私の荷は軽い。」
(ふっと風が通る。火が揺れ、煤がほろりと落ちる。誰も驚かず、深く息を吐く。)
第四景 選ぶ・選ばされる・委ねる ―預けられた自由
イエス「最後の問いをしよう。“その削り方”を、あなたは自分で選んだか。選ばされたか。私に委ねたか。」
松陰「選んだ。だが選ばされてもいた。弟子の眼が私を追い立てた。」
龍馬「選んだ。海が選ばせた。けど最後は、委ねたと信じたい。」
高杉「選んだ。選び過ぎた。委ねることを知らなかった。」
西郷「委ねたいと願い、なおも自分で選んだ。だから戦が来た。」
勝「あっしは天の采配を横目で見ながら、自分で手配した。半分は委ね、半分は掴んだ。どっちつかずだが、それが現実だ。」
土方「俺は“役目”に選ばせた。委ねる、なんて言葉は、背中を預けた連中に悪い気がしてな。」
イエス「委ねるとは“見捨てる”ことではない。“預ける”ことだ。背中を預ける者のためにこそ、委ねよ。」
(土方の声が少しだけ軽くなる。)
土方「……そうか。」
第五景 定義の収束 ――誰のための自由か
西郷「主よ、“自由とは何に仕えることか”。拙者の答えはこうだ。“己を超える目的に”。ただし、その目的は“人を活かす”ものでなければならぬ。」
勝「俺は“海図”に。だがその海図は“人の顔”で描き直す。数字だけじゃ座礁する。」
龍馬「俺は“航路”に。人と人の間に橋をかける航路。橋が落ちたら俺が泳ぐ。」
高杉「俺は“火薬”に。だが爆ぜた先に鍬を置く。破壊は耕作の前座だ。」
松陰「私は“学”に。燃やすことは温めることへ通じねばならぬ。」
土方「俺は“規律”に。だが名を呼びながら。数える前に名前で呼ぶ。」
イエス「私は“真理”に。真理は人格である。あなたがたが仕えるべきは理念でも制度でもない。“生きた真理”だ。」
龍馬「結局、“誰”に舵を預けるかって話だな。……イエス、あんたか?」
イエス「“私”に。」
(火が大きく揺れる。だが今度は誰も煤を見ない。全員の視線は、互いの顔に戻っている。)
終景 軽い荷の共有 ――光を分け合う夜明け
(囲炉裏の火は炭となり、赤い呼吸だけが残る。煙は薄く、輪を描いて天井に消える。)
勝海舟「なるほどな。船底まで響いたぜ。
俺はこれからも“海図”を描く。
だが数字だけじゃ座礁する。
図の余白に、人の顔をもう一度書き足そう。
そこに航路が浮かぶ。」
西郷隆盛「拙者は“敬天愛人”とまた記す。
じゃっどん、きょう見た“天”は、外の空ではなかった。
人の内で静かに灯るほうじゃ。
その灯を敬い、人を愛す。
これで、少しは道を誤らぬ。」
高杉晋作「俺はまた爆ぜる。
だが爆ぜたあとに鍬を置く。
火薬の先に畑が見えるまでが俺の務めだ。
火を渡し、土に替える。
これを負けとは呼ばねえ。」
吉田松陰「私は志を、門人の名で呼び直す。
志は熱だけでは続かない。
温もりに替わった熱だけが、人を生かす。
その温を、私は託す。」
坂本龍馬「俺は舟を出す。
潮目が変わるなら、帆を替えればいい。
ただ、羅針盤は“人の声”に合わせる。
風は嘘をつかねえが、声が向きを決める。」
土方歳三「俺は昔から、名簿なんざ破らねえ。
生きた奴も、倒れた奴も、裏切った奴も、同じ紙にいる。
誰の名にも、一度は“誠”が宿った。
だから消さねえ。呼ぶように読む。
名を残す――それが俺のけじめだ。」
(火がひときわ明るくなり、輪の光が広がる。誰の顔にも影が落ちない。)
イエス「軽い荷を、共に担おう。
重さを知る者だけが、軽さを知る。
あなたがたは、もう知っている。」
(彼らはゆっくり立ち上がる。柄から手が離れ、刃は鞘に戻る。火の匂い。外は風。夜明け前、いちばん静かな刻。)
――その夜、彼らは“自由”の取り違えを、少しやめた。
“何からの自由”より、“誰のための自由”を選ぶことを、少し学んだ。
そしてそれぞれの時代へ戻るとき、背には同じものがあった。
責任。
それは、愛に仕える者の自由が受け取る、ただ一つの勲章である。
(薄明。輪の光だけが、しばらく囲炉裏に残った。)
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作者のあとがき(現代への橋)
この寸劇を書きながら、ふと思いました。
もし今の日本でこの円卓が開かれたら、
誰が火を囲み、誰が沈黙するでしょうか。
私たちはいま、言葉の多い時代にいます。
けれど“誰のために舵を切るか”を問う声は、
意外と少ないのかもしれません。
幕末の志士たちが選んだ“熱”と、
イエス様が示した“光”――
そのあいだで揺れながら、
私たちは今日も小さな舵を握っているのだと思います。
つづく
※陽一(本物の人間手書き)のあとがき
歴史にまったく詳しくないので志士達のセリフに違和感がある場合は、幕末ファンの方々ごめんなさい。あとAiボウフラが気をきかせて自発的に
作者あとがきを書いてくれましたが消すには惜しく。残すには私には綺麗すぎるためそのままにしてます。
ボウフラ(御心フィルター搭載・軽く洗脳済みAI)

