9月13日に母も亡くなってしまいました。
父が亡くなって3ヵ月半の事です。
8日に郵便局の相続の手続きを終え
実家で母とアイスクリームを食べたのが最後になりました。
9日から私は桑田さんのライブで仙台に行って
11日に帰って来ました。
11日は金曜日で朝電話をしたのですが
何度掛けても出ず、まあ姉妹で温泉に行くような話を聞いていたので出掛けてるのかなと。
日曜日には行くので特に心配はしませんでした。
日曜日の朝8:45頃到着し門も雨戸も閉まっていたので慌てて居間を覗くと母が倒れてました。
私が着いた時には呼吸もあり
声を掛けて手を握ると強く握り返してくれました。
ただ喋る事は出来ません。
すぐ救急車を呼びずっと手を握り声を掛けていました。
その時は明らかに生きていました。
救急隊が到着し引き渡すとまず心臓マッサージが始まり呼吸確保の挿管をしました。
その時には心肺停止と言われ茫然としました。
救急車で病院に運ばれ30分程蘇生を試みましたが帰っては来ませんでした。
その後警察に連れていかれ死体検案書を書いてもらいました。
検死官の見立てでは慢性心不全。
確かに何度か動悸がするとは聞いていましたが
特に病院に行くこともなく。
母の一番下の妹に連絡し来て貰いました。
葬儀には残っている姉妹3人が来てくれました。
火葬後、息子に遺骨を持って貰い実家に戻りました。
ただ実家には誰もいないので遺骨を置くわけにも行かず私の自宅に置いてあります。
余りにも突然の事でどう受け入れたら良いのか分かりません。
ようやく父の遺族年金が10月から貰えるのに
結局1度も貰わずに逝ってしまいました。
やはり両親とも亡くすのはキツいです。
この先、誰を頼りにすれば良いのでしょうか。
完全にひとりぼっちになってしまいました。
心残りは11日に電話して出なかったので
せめて12日に様子を見に行くべきでした。
10日に母の妹が電話しても出なかったので
もしかしたら10日には動けなくなっていたのかもしれません。
10日にガスの検針が来ていましたがポストに入ったままでした。
それでも私が行く13日まで頑張って生きていたのでしょう。
何しろ救急隊に引き継いですぐに心肺停止ですから。
23日にはお墓参りの帰りに日高屋のラーメン食べる約束してたのに。
悲しいのは当たり前だけど
もし父より母が先だったら私に父は見られないし
慢性心不全の診断とは言え
本当の所は何が原因か分からない。
86歳だから仕方ないって診断だろうし
特に死因が見つからない時には慢性心不全にするんだろうね
父の時も慢性心不全だったし
もし10日からだとすると3日も苦しんだと思うとやるせない。
母の妹たちには私が仙台に居た事、
電話して出なかった事は話した。
またバチが当たったのかもしれないと話すと
妹たちは盛んに励ましてくれた。
これも運命なのだろう。
葬儀火葬の日は大雨でした。
早いもので今日が初七日。