聖書を習ったら何が変わったか。
本当に基礎からまた習いました。
創世記アダムとイヴから。 それを習ったら自然に拘束社シリーズに目がいきました。
前回、真の平安インタビューの時、拘束社シリーズをどれくらい読んだかという質問に、序論が難しくて何ページも読めませんでしたと答えたことを思い出しましたよ。
聖書勉強をしながら拘束社シリーズを読むと聖書が面白く感じられました。
身近に感じられて。。。 説教にもさらに集中することになりました。
説教して下さるお言葉がこれと繋がるんだなぁと理解できて、今、頭の中に小さいけれど絵が描かれています。 もちろんまだ難しいですが。
しかし以前は‘ノアが方舟を作った期間が120年ではない。’、‘アダムとラメクが56年一緒に住んだ。’といえばそのままそのように覚えましたが、今はなぜそうなのか、どういう意味なのか吟味しています。
これから勉強して、より深く知る必要がある段階ではないかと思いますね。まだ始まったばかりです。



拘束社シリーズはどこまで読んだか。
6冊読んでいます。 1巻当たり一回ずつしか読めなくてどこへ行って読んだという話はしません。


たいしたものだ。 この頃‘感謝する’と考えるか。
感謝します。 もしそのことを体験しないでずっと活動していたら、世の中では何歩、さらに一歩出たがこのようにお言葉を正しく知って新しく始められる機会はなかったでしょう。
この頃は過ぎ去ったすべての事を振り返りながら、(神様は)なぜこのようなことをくださったのか。ということについての、すべての疑問の糸口が解かれていく感じです。
こういう機会を与えられたことに感謝して、一方では時があまり残っていなくて、早く悟りなさいと僕にこのような警戒心をくれたことではないのかと考えます。



前回インタビューの時と比較すると他の人を見ているようだ。 大変だった時、特別に頭に浮かぶ賛美や聖句があったか。
この頃賛美歌386章を礼拝の時しばしば歌います。‘力強く起きて’で始まるその賛美を歌う時ごとに‘力強く起きなければならない。’と考えます。歌う時ごとに歌詞を考えることになります。


大変な時ご両親は何とおっしゃったか。
心配しないで聖書勉強からしなさいと言って下さいました。
最初の3,4日、宿舎の訪問を拒否して一人でいる時にお母さんが宿舎に来られましたが、僕が誰にも会いたくないと怒って語調を高めました。それをみな受け入れてその後にも黙々と力になって下さいました。
いつも申し訳なくて感謝しているのに、僕の表現が下手で無愛想でぶっきらぼうに接してしまいます。


この前ビッグバン同僚ジヨン君を導いた。 どうなったのか。
僕の力ではありません。 僕が教会で生きるようにするから、ジヨン兄さんがある日マネジャー兄さんを通じて私達の教会に行きたいという言葉を伝えてきたんです。
兄さんは元々他の教会に通っていましたが、しばらく行かなかった状態でした。 いつでも来てよ、歓迎するよと言ったのに、電話を切ったら控え目でしたよ。
どのようにすれば(ジヨン兄さんが)来て気楽で自然に礼拝を差し上げることができるか考えました。
ジヨン兄さんを導くことができますようにとは祈れませんでしたが、教会を気楽に受け入れることができるようにしてくださいと祈りました。



元々二人が格別に親しいのか。
メンバー同士みな親しいですが、ジヨン兄さんがチームのリーダーだということで、僕をさらにたくさん理解してくれる仲です。
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
この頃は過ぎ去ったすべての事を振り返りながら、(神様は)なぜこのようなことをくださったのか。
ということについての、すべての疑問の糸口が解かれていく感じです。


こういう機会を与えられたことに感謝して、一方では時があまり残っていなくて、
早く悟りなさいと僕にこのような警戒心をくれたことではないのかと考えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
ところでどうして、わざわざ大聲が通う教会に行きたいとい言ったのだろうか。
さあ・・・? (理由を)聞いたことはないですね。 僕が宿舎にいなくて毎日教会に行っているから、どんな教会なのか気になったのかもしれないし・・・私達の会社に所属している作曲家の兄さんも私達の教会に通っています。 その影響もあったかもしれないですね。
兄さんが初めて来た日、モリア聖殿が補修工事中だったので鉄骨の足場が聖殿内部に設置されていました。
聖殿に上がりながらずっと工事中だと説明をして‘大丈夫だよ’と言ったら(ジヨン兄さんが)入るやいなやフフッと笑いましたよ。このようだとは思わなかったと。
その時の賛美が‘私はイエスが良い’でしたが、賛美が良いからと礼拝をよく差し上げて行きました。
次の礼拝の時は元老牧師様が説教をしました。 僕が熱心にノートに書いているのに、その横で“オイ、よく聞こえない。”と言いましたよ。それで初めて来る人々はそんなことがあるから通訳してあげました。
すると(牧師様の)お言葉を聞いて好んだようです。
その次の週には元老牧師様にお目にかかってご挨拶を差し上げました。 家に一緒に帰る途中でどうだったのと尋ねたら、牧師様と目がぴったり合ったが、あたかも自分をよくご存じなように見抜くような目つきだったと、感じが本当に良かったと言っていましたよ。



この頃祈祷はたくさんするか
朝起きて、外に出て行く時、車に乗る時、そして教会へ行ってきた時、寝る前に、このように必ずしてその他にも短く度々します。


祈祷の題名は何か。
聖書の勉強を通じて精神的に大きな祝福を受けたので、見える大きい祝福もあると思います。
(教会で)もっと大きく活動をするのに、不足がないようにしてくださいと言ってお祈りしています。
今のこの心、この信仰をもうこれ以上失うことなく、このように辛い教えを受けることなく、信仰も仕事も力強く前に進めるように祈ります。



今年も残り3ヶ月だがどんな計画があるか。
ひとまず今年いっぱいは活動しないで休息する計画です。 もちろん職業の音楽は怠らないでしょうが・・・。
今年は教会の仕事に専念したいです。 おりしもヘプシバ役員と同じ年頃の長を引き受けました。
教会で色々と使われるのがとても良くて、任せてくださった仕事もよく耐えられるし、色々な面で他の方々にも恩恵になったら良いと思います。
この頃聖殿に上がるときは、僕がなぜ2-3年前にはここにマスクをして通ったのかと思って、その時の心情が思い出されて一人で笑ったりもします。
今はヘプシバの友人が僕を芸能人だと考えていません。 兄さん、弟、友人だと考えます。



先週の日曜日3部礼拝奉献賛美が本当に恩恵だったそうだ。
一人で奉献賛美をさせていただいたのは初めてでした。 あまりにも震えましたよ。
今まですべてのステージをひっくるめても、舞台で足が震えることは初めてでした。
全く違う種類の震えだから、緊張をほぐすこともできませんでした。 賛美する時が一番震えます。
舞台に臨む気持ち自体が完全に違います。
その日は‘ただ主だけが’という曲であったのに、歌詞が僕の話のようでした。 “私が動揺しない。”という歌詞が本当に心に響きました。



最後にしたい話はないか。
インタビューしようという話を聞いて昨年のインタビューをたくさん考えました。 ある質問に対する答えを考えては一人で顔が赤くなったりしましたよ。
僕がそうだったんだなと思いました。 こういう時間を体験しなければ、今でもそのような考えで教会通っていたのではないかと思いましたよ。
一番大きい変化ですね。 感謝するだけです。

イメージ 2
 
 
彼とインタビューした日は2011年10月2日だった。 インタビューを終えた後、前回インタビューが昨年のいつ頃であったか気になった。真の平安ドットコムで昨年の記事を探してみた。 驚いた。
“2010年10月3日週日。
TVで見るより大人っぽくて落ち着いているように見える青年が、インタビュー場所の前渡国前庭へ向かう階段を歩いて上がってくる….”
彼も私も意識できなかったが彼と2回目のインタビューをした日は初めてのインタビュー以後正確に365日目になる日だった。
その365日間神様は彼の出入りを守られた。 今後の365日、彼はまたどのように変っているだろうか。
 


文_ホジュン席真の平安編集チーム長(YTNアンカー)記録_ムン・ユンソン記者
 
 
 
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
 
 
後出処:カンデソンドットコム こぷたんニム