私、名古屋市内在住で。
栄で台中夜市のイベントがあることを知ったので娘二人を誘ったら…
見事に断られました!(涙)
というわけで「仕方ないね」と言いながら妻と行ってきたのでした(笑)
さて。
話は変わり…
今回は介護についてのお話です。
先日、私が3年ほど前からお付き合いさせていただいている「ひなたぼっこ」という高齢者サロンで、とても心に残るお話を聞く機会がありました。
そこで感じたことを、今回から数回に分けて書いてみたいと思います。
◾️「ひなたぼっこ」との出会い
私が「ひなたぼっこ」を知ったきっかけは、私の会社で取り扱っているメイク用品でした。
高齢者の皆さんにメイクをさせていただき、とても喜んでいただけたことから、ご縁が生まれました。
それから、かれこれ3年ほどのお付き合いになります。
「ひなたぼっこ」は、名古屋市千種区にある地域の交流の場です。
正式名称は「一般財団法人 地域の縁側ひなたぼっこ」。
高齢者だけでなく、さまざまな世代の方々が集まり、お茶を飲んだり、会話を楽しんだり、趣味の活動をしたりできるコミュニティカフェです。
ここでは朗読、コーラス、絵手紙などの活動に加え、認知症カフェ「アップルカフェ」なども開催されています。
「ゆるやかな絆でつなごう」
公式サイトに掲げられている、この言葉が私はとても好きです。
私がお付き合いしている皆さんは80代の方が最も多いのですが、本当にお元気です。
とにかく明るい!
私も今では、毎月開催される朗読会のレギュラーメンバーとして参加させていただいています。
そして、朗読が終わった後には、30分ほど皆さんとお茶を飲みながら団欒する時間があります。
実は、この時間がとても楽しい。
何気ない話をしたり、笑ったり、人生の先輩方のお話を聞いたり。
年齢はずいぶん離れていますが、そんなことを感じさせない、とても居心地のよい場所です。
私にとって「ひなたぼっこ」は、毎月の楽しみの一つになっています♪
ひなたぼっこの活動はこちらからご覧いただけます。
公式サイト:https://hinatabokko.fun/
↓こちらの写真は去年の文化祭での朗読会メンバー(私も参加)による発表の様子↓
◾️ある男性の、奥様との最後の日々
そんな「ひなたぼっこ」で知り合った運営者Tさんの奥様が、先日亡くなられました。
奥様は認知症を患われ、長い間、介護が必要な生活を送られていたそうです。
そして先日、Tさんがご自身の介護経験、そして奥様を自宅で看取られた最後の64日間についてお話しされる会が開催され、私も参加させていただきました。
そのお話は、とても貴重で、考えさせられるものでした。
なかでも私が強く心を動かされたのは、介護の大変さについてのお話です。
◾️どれほど愛していても、介護はつらい
認知症が進行していく奥様。
次第に歩くことも難しくなり、夜中には何度もトイレに付き添わなければならなくなりました。
時には30分おき。
そのたびに起きて、奥様を支え、トイレに連れていき、着替えを手伝う。
それを繰り返す毎日。
Tさんは、あまりのつらさに、布団をかぶって思わず叫んでしまったこともあったと話されていました。
このお話が、私には強く印象に残りました。
どんなに相手のことを愛していても、毎日の介護となれば、誰しもストレスを抱える…
睡眠不足が続き、自分の時間がなくなり、心も体も疲れ果ててしまう。
時には感情が乱れ、自分でも思いもしなかった行動をとってしまうことがあるかもしれません。
介護は、それほどまでに人を追い詰めることがあるのだと思いました。
愛情が足りないからではありません。
愛情があっても、介護は大変なのです。
むしろ、愛する人だからこそ、何とかしてあげたいという責任感から、頑張りすぎてしまうのかもしれません。
◾️介護を忘れる時間
介護には責任感も必要でしょう。
家族だからこそ、最後まで自分が面倒を見なければならないという思いもあるでしょう。
でも、その義務感や責任感によって、自分自身が苦しんでしまったらどうでしょうか。
介護される人だって、大切な家族が苦しんでいる姿を望んではいないと思うのです。
だから私は、介護を忘れる(休む)時間があっていいと思いました。
もちろん、必要な介護を放棄するという意味ではありません。
誰かにお願いして、少し休む。
友人とお茶を飲む。
好きなことをする。
趣味を楽しむ。
思い切り笑う。
そんな時間があってもいい。
いや、むしろ、そんな時間こそ必要なのだと思います。
介護を休むことは、愛情を休むことではない。
今回の講演を通じて、私はそう感じました。
◾️「ひなたぼっこ」が持つ、本当の価値
そして、もう一つ大切なことに気づかされました。
それが「ひなたぼっこ」の存在です。
Tさんは、奥様の介護を続けながらも、できる限り「ひなたぼっこ」に参加されていたそうです。
そこには仲間がいて、会話があって、笑いがある。
介護の大変さを一時的に忘れ、自分自身の時間を過ごすことができる。
そして、困った時には相談できる人もいる。
実際にTさんが奥様を自宅で看取ることを決断された際にも、周囲の方々が協力して、訪問介護や訪問看護などの体制を整えてくださったそうです。
私はこれまで「ひなたぼっこ」を、皆さんが楽しく集まる場所だと思っていました。
もちろん、それだけでも十分に素晴らしいことです。
でも、今回のお話を聞いて、それ以上の大切な役割があることに気づきました。
人とのつながりが、誰かの心を支える。
そして、その人を通じて、家族までも支えることがある。
介護する人を支えることは、介護される人を支えることでもある。
朗読会の後、皆さんとお茶を飲みながら過ごす30分。
私にとっては、ただ楽しい時間でした。
でも、誰かにとっては、その30分が心を救ってくれる時間なのかもしれません。
そう思うと、いつもの団欒の時間が、これまで以上に大切なものに感じられました。
◾️49歳の私にも、決して他人事ではない
私は現在49歳です。
父は78歳、母は79歳。
まだ本格的な家族の介護を経験したことはありません。
でも、これから先の人生を考えれば、決して他人事ではありません。
いつか私自身が、大切な人を介護する立場になるかもしれない。
反対に、自分が介護される立場になるかもしれません。
私には娘が二人います。
将来、孫ができるかもしれません。
そんな時、子供や孫、友人、知人、そして地域の方々の温かさを感じながら、感謝しながら、人に頼り、時には甘えながら生きていけたらと思います。
そして、介護をすることになった時には、私自身も笑顔でいられる時間を大切にしたい。
介護する人が心穏やかでいられることは、介護される人にとっても幸せなことではないでしょうか。
誰かに頼ることは、決して弱さではありません。
自分が頑張りすぎないことは、決して愛情が足りないということでもありません。
むしろ、最後まで大切な人を愛し続けるために、必要なことなのだと思います。
今回、Tさんの貴重な経験を聞かせていただいたことで、私は介護というものについて、改めて考えることができました。
次回は、Tさんが奥様と過ごされた最後の64日間について、もう少し詳しく書いてみたいと思います。
そこには、家族の温かさと、人に支えられることの素晴らしさが詰まっていました。
(つづく)

