JALのリストラによる再建策にパイロットも含まれたことはある一面やむを得ない
かもしれない。

確かにパイロットは高給であるが、彼らの私生活を含め、乗務と訓練、身体の維持
を考えれば理解できる。
この辺りのことは一般の人が理解できないのはやむを得ないが、航空機の安全に関
して全ての責任を負うパイロット、その育成と技量維持には大変な投資が必要であ
る。
ただ飛行機を飛ばすだけなら有資格者であればできるかもしれないが、安全、正確
、快適を求める飛行には相当の技量と経験が必要である。
こうした人的資源を安易に放出していいのか?
コストの安い外国人のパイロットだけで日本の空の安全は確保できるのか?

高齢の退役寸前のパイロットも後進に技を伝えるという意味でその存在は必要であ
り、これからの空の安全を維持する若手の副操縦士はかけがえのない資産である。

筆者が最も許せないパイロットリストラ策は、研修パイロットを退職に応じない場
合は地上職に転換するというものであった。

プロのパイロットとして空を飛べる資質を有するものはごく一部でその中からでも
脱落するものが多い世界。
そこで切磋琢磨されこれから空の安全を担う若者のそれまでの苦労と夢、ミッショ
ンをぶち壊すこのリストラは絶対に間違っている。

その資質を見出し、パイロットという職種になるべき者と認めた会社側の責任はな
いのか?

あまりに短期的収益しか見ない経営はパイロットのみならず、ミッションと言う言
葉で支えられて空の安全を守る全ての関係者のモチベーションを低下させることは
、将来的に致命的なものとなる。会社が潰れるだけならいいが、人命がかかってい
るということをどのように考えているのだろうか。

対して、ANAは元気である。
その違いは何か?ANAのパイロットはスカイマークの2倍以上もらっている。
それでも経営が成り立つのはなぜか?両社のビジネスモデルの決定的な差は何か?

リストラされたパイロットの技量と経験が新たな場所で活かされることを切に願う

とりわけ空を夢見てきた若者の将来に対して・・・
久々の書き込みです。
毎日、本読んで、本読んで、本読んで
iPadでPDFになった論文詰め込んで、論文読んで論文読んで、
本読んで、論文読んで

頭の中がぶどうの房だらけですよ。

そんなことは置いといて、少しはブログテーマのお話を…

仕事柄、中小企業の経営者の方々とおあいして様々なビジネスモデルを見せていただく。

所定の様式でまとめられたもので、これからどんな事業で経営を建て直す、もしくは成長させることが綴られている。

そこには経営者の想いが詰まっている。

正直どうしようもないビジネスモデルも多い、というかほとんど実現は難しいと判断せざるを得ないものばかりである。時々とんでもないビジネスモデルにも巡り合うが、どの経営者も想いは同じで、会社をなんとかしたい、成長させたいというものである。

どうしようもないビジネスモデルもIPO確実のビジネスモデルもあまり優劣はつけたくない。
どれにも計り知れない経営者の必死の想いがある。

文章や図の表現も様々なレベルである。

表現はあとからどうにでもできる。
しかし、経営者の想いは最初におあいしてわかる。

我々の仕事は経営者の想いを後押しすることである。

しかし、ここで大きな問題がある。
これは経営者自ら書いてもらうものであるが、多くの提出されるビジネスモデルはコンサルタントが書いたものである。文章や図の表現も上手い。でも中身がない。

こちらがお話を聴くのは経営者御本人である。
コンサルタントが作った作文と説明が違うだけならまだしも、質問に答えられないことも珍しくない。

おそらくコンサルタントに説明の指南を受けているのか、決まった表現が多い。

コンサルタントが作ったビジネスモデルには経営者の想いが詰まっていないことが多い。

極端な話、ただの紙である。型式要件は満たしていても積極的には評価したくないビジネスモデルが多い。

どんなに表現が稚拙でも経営者が必死に考えたものとコンサルタントにお金を払って作ってもらったものではどの差は歴然である。

実現不可能なビジネスモデルであっても、個人的には経営者が自身で書いたものを応援したい。

経営にかける意気込みがないビジネスモデルはどんなにきれいなものでも成功しないと思う。

ビジネスモデルに大切なのは経営者の想いだと思う。

社会人大学院博士後期課程に入学して明日で1Qが終了です。

めちゃめちゃハードでした。


週に4コママスターコースの講義を受けて、土曜日は終日ゼミで輪読と個別指導。


ドクター論文には引用文献が最低500冊とのこと。


毎日読書との戦いです。


体重も2ヶ月で4kg減りました。


でも、精神的には元気です。


師と仰いでいた坂本教授が実は大変アカデミックの観点からつまらない学者であることがわかったり、新しいディシプリンをどうするか?、リサーチクエスチョンは?

とか、まだテーマすら決まっていません。


そんなこんなで死にそうで生きてます。


講義で教授との議論が楽しみですが、他の学生があまり発言しないのは残念ですね。


自分の学びの足りなさを痛感する毎日で、知的刺激に満ちあふれています。