DaddyTsudaのブログ -4ページ目

DaddyTsudaのブログ

タオイストDaddy津田の世界

いきなり『グラミーへの道』というタイトルを見て、「なんじゃこれは!」と思われる方も多いと思う。
もちろんあの「グラミー賞」の事だ。
みなさんご存知だと思うがグラミー賞とはウィキペディアによると

*グラミー賞(グラミーしょう、Grammy Awards)は、ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンス (NARAS) が主催する音楽賞。当初はグラモフォン・アウォード(Gramophone Award)と呼ばれており、現在グラミー(Grammy)とだけ呼ばれることもある。アメリカ合衆国の音楽産業において優れた作品を創り上げたクリエイターの業績を讃え、業界全体の振興と支援を目的とする賞だが、今日世界で最も権威ある音楽賞のひとつとみなされており、テレビにおけるエミー賞、舞台におけるトニー賞、映画におけるアカデミー賞と同列に扱われる。

今日、世界で最も権威ある音楽賞のひとつということになる。
そう、これから俺はこのグラミー賞を目指して音楽をやっていこうと思ったという決意の現れが今日の日記のタイトルになったという事だ。

50歳を過ぎて歌一本で生活を始め、日本全国を旅してちょっと歌がいいとかおだてられ、ちょっとアメリカツアーをして、アメリカ人が日本語で歌っている俺のCDを買ってくれたからといって思い上がっているわけではない。
若い人などへ「夢をあきらめるな」とか「思いは実現する」などという自己啓発を促す本や言葉を投げかける人は多い。
人生も終盤に差し掛かった人たちには「終活」などといって人生の終わりをどう過ごすかなどと一種のあきらめのような行動を促したり、年だから枯れて人生を達観するように思わせる風潮もよく見かける。

「ふん、そんなこたぁ、ちゃんちゃらおかしいやいヽ(`Д´)ノ」
近頃、エベレストを目指した二人の日本人高齢者の登山家がいた。
一人は80歳でエベレスト登頂を果たした三浦雄一郎氏で、もうひと方は女性で事故で亡くなられた67歳の河野千鶴子さん。
世界最高峰のエベレストを目指して成功された方も多いが、志半ばで亡くなられた方も多いと聞く。
いずれの分野でもトップまで上り詰められるのはほんのひと握りの人達で、志半ばで散っていく人の方がはるかに多い。
坂本龍馬だって開国した新生日本を見ずに散った。

では、その志半ばで散った人たちの人生への思いはどうだったんだろうと考えると、結果的には目標地点には達せなかったが、そのプロセスでは生きがいを感じ突き進んでいたんではないかと俺は思う。
だから前述の河野千鶴子さんにしてみても、ご家族の思いはいろいろあるだろうが、ご本人は幸せな人生だったんじゃないかと思う。(気を悪くされる方がいたらごめんなさい)

こうしたいとか、ああしたいとか思いながらいろんな理由で断念する人も多いが、俺は自分勝手だとか言われても自分の「腹の虫」が収まるように行動出来る奴が幸せもんだし、俺もそうしたいと思う。
もちろん人間関係の中でやり続けるのだから、ある程度の協調性とかのバランス感覚も必要だと思う。だからその都度、優先順位を考えてブレない事も大事なことだと思う。

話を戻すと、そこでこれからの俺の歌稼業で世界最高峰のグラミーを狙っていこうと決心した。
チャレンジし続けて志半ばで倒れても、何もしないで悶々と生活するより幸せだと思う。
賞なんて人が決めることだからどうなるかはわからないが、せめて自分の気持ちはその方向に向かって色々な準備もしていかなければならない。
生活の為の金を稼ぎながら、人生を感じながら、自分の心をどう表現するか・・・

幸い、アメリカから帰国して以降、そんな事を思いながらライブ活動をしていくと、今までに見えなかったものも感じるようになったし、新たな出会いや前向きの話が出てきた(*^^)v

でも、現実の生活は厳しい(笑)
そんなものには押しつぶされずに前を向いて歩いて行こうぜぃ、Buddy✌

6月30日のこの「港町音楽祭」で一区切りが出来そうだ(^O^)


DaddyTsudaのブログ
DaddyTsudaのブログ

しつこくアメリカ大陸横断記(笑)最後の最後✌

無事に成田に着いた。
出国した日がまるで大昔のような感覚だった。
もちろん、日本への入国は問題ない。
入国管理官の女性が黒いマスクをして烏天狗のような感じがしたのがおかしかったが・・・
税関では荷物検査があるが、別にやばいもんを持ち込んではいないので、何も心配するつもりはない。
税関の検査官の前のテーブルに荷物を置くと、いきなり彼が「ハロー」と言ってきた。
俺は「日本人です」と返す。
検査官「あっ、どうもすいません」と俺の顔を覗く(^^;
フランス人にでも見えたんかなぁ?
もし、そうやったら「ボンジョルノ」やなぁ・・・

まぁ、俺はそのことは考えない事にした。
取りあえずすんなりと日本に入国出来て、改めてアメリカの入国の時を思い出した。

成田から福岡行きに乗るので移動は成田空港内のシャトルバスだ。
バスの中ではツアーで南極に行って来たというおばちゃま達と一緒だった。
ロスの空港では若い日本人女性達が大勢いたが、年齢に関係なく女性の方が行動的のようだ。

福岡行きの便を待つ間に空港内のうどん屋さんに寄った。
俺は「きつねそば」、ちきぴーは「けつねうろん」を注文した。
ともに500円。
空港内にしては安い方だと思う。
以前(20年ほど前)成田でミックスサンドイッチを食べた時、道端に生えているようなキャベツが入って一口で食べられるような大きさのものが900円くらいした記憶がある。
それに比べるとなんと良心的な値段なんだろう(*^^)v

そばを食べ終わり、福岡行きのゲートに行くとアメリカ人の家族連れが大勢いた。
聞くと横田基地から沖縄や福岡への転地らしい。
待合所で俺の横に座った黒人の家族は単身赴任のようだ。
その婦人にhusbandが転勤で寂しくなるねと言うと、彼女はえぇ、でも私たちはその状況の中で楽しく笑顔で暮らしていけるの。
「ママもそうだったし、私たちもそう」という言葉が印象的だった。
聞いてみるとメンフィスの出身だった。

しばらく俺達もメンフィスに行って来た帰りだなどと話した。
最後に「So, we gotta go. bye bye.」というと
彼女は「Bye bye.」と言った。
That's it.
俺の好きな言葉だ。
「人生塞翁が馬」
「ケ・セラセラ」

さぁ、また次の目標に向かって歩いて行こうぜぃ✌
ちきぴーに「最後やけ、持ち金でカジノに行ってみる?」と問いかけた。
「えっ?!」という顔のちきぴー。
俺は「一発全部賭けて買ったらギター買うて帰れるよ」と言ってみた。

俺はルーレットの赤か黒、もしくは偶数か奇数の1つ確率50%に賭けてみてはどうだろうかと思った。
日本のいわゆる丁半博打だ。
でも、ちきぴーは自分が以前からギャンブラーとしての意識の高い日本にもあるスロットマシーンを考えていたようだ。
そして出た答えは「Daddy、こっちのスロットは自分で目押しが出来んけ確率が悪い」(^^;

そうか、やめにしよう。
こういうやつは、二人の意見が合わんと上手くいかんということは「人生✖だらけ」の俺としては骨身に沁みてわかっているのでやめにした(笑)

もし意見が合っていたらどうなっていたやろかなんぞと考えるのは素人だ(笑)
俺達プロは決めた事に対してはとやかく言わない。
英語でいう「That's it !」だて、なんのプロやねん(*^^)v

まぁ、とにかくなんやかんやはあったが無事にロサンゼルスのホテルに着いた。
DaddyTsudaのブログ
ホテルの近所にもカジノが出来ていたが、もう俺達は見向きもしないでアメリカ最後のディナーを楽しむ事にした。
ホテルの近所にあったチャイニーズのデリを買って、ホテルの部屋でささやかな打ち上げをした。
あとはレンタカーのガソリンを満タンにして返す。
朝食はコンチネンタルブレックファーストが付いているから金の心配はしなくていい。
昼と夕食は機内食で済ます。(*^^)v

なんとか金も間に合って、空港で搭乗手続きも済ませゲート近くに行った。
もう日本に帰れば福岡までの航空券も買ってあるし、郵便貯金に少しは入っている(*´∀`*)

俺達は搭乗を待つ間に空港内のマクドナルドでコーヒーを飲む事にした。
DaddyTsudaのブログ
なんでマックのコーヒーが1人2ドル50セントもするんやΣ(゚д゚;)

まぁ、なにはともあれコーヒー代を払って俺の残金6ドル50セント(^_^;)
無事に日本行きの飛行機に乗れたのでしたヽ(;▽;)ノ