幸せとは何だろう。
色々、思い浮かべながら、そこへ向かって走ってきたように思う。
最初はお金や物の豊かさにとらわれていた。身近にある幸せに気づいていなかった。
しばらくして君たちが、お金や物の豊かさでは得られない、幸せに気づかせてくれた。
お父さんは改めて君たちと過ごす時間の素晴らしさに気づいて、それを幸せだと思った。
そして君たちと引き離されて、生きていくためにどうするか考えていた時に、思ったんだ。
また同じことをやってるのかもな、って。
君たちと引き離されて、君たちと過ごす時間を奪われて、幸せを失ったように思っていた。
もちろん、君たちと過ごす時間が失われてしまったことは本当に残念なことだ。
とても他のことで取り戻すことなどできないだろう。
でも、お父さんは自分のことを見て、自分が昔、お金や物の豊かさにとらわれていたことを思い出した。そのときも、自分の頭の中にある幸せに少しでも近づこうと、もがいて苦しんでいたなあと思ったんだ。
それって、今と同じじゃないかと思ったんだ。
君たちと会えるように頑張ってはいるけど、会えるかどうかは分からない。
正直に言って、お母さん次第。お母さんが君たちをお父さんに会わせる気があれば、
すぐに会えるようになるだろうけれど、それはまだどうなるか分からない。
それに、お父さんや君たちが互いに会いたいタイミングで会えるとは限らない。
君たちに自由に会えて、むしろ一緒に暮らせて、君たちの成長をすぐそばで見守れること、
君たちをのびのびと育て、いつか巣立つときのために心に愛情を蓄えさせること、
それがお父さんの思う、お父さんの幸せの形だ。
その幸せを追い続けて、その幸せにたどり着けない苦しさでもがき苦しむ毎日。
これで本当にいいんだろうか?
人生はあっという間だけれど、それでも毎日の人生を生きるっていう道のりは長いものだ。
その道を歩くときに、苦しみながらではきっと歩ききれないだろう。
苦しさがなくなるわけでもないし、その苦しさをほかの幸せで取り戻せるわけでもないけれど、
それでも、今を幸せに生きることは必要だと思う。
今この瞬間を、どうやったら幸せに生きることができるのか?
これからお父さんは、そうやって自分に質問しながら生きていくことになるんじゃないかな。