AOR界の発展に努め、あるいは若干音楽性に違いはあれどもAORを陰から支えてくれた
尊敬に値するアーティストを称賛するコーナー
「アナタは立派なAORアーティストだったよ!」
今回、賛辞を贈りたいのはオマー・ハキムさんである
オマー・ハキムは、ニューヨーク出身のジャズ~フュージョン系のドラマーでプロデューサーである。
父親が、デューク・エリントンやカウント・ベイシーなど大物のバンドでトロンボーン奏者をつとめたハンサン・ハキムだったこともあり、
幼い頃から音楽に囲まれた生活を送る。
10歳の頃には、すでに父親のバンドで演奏する
ようになっていた。
少年期の友人にマーカス・ミラーがいたりと、かなり恵まれた環境で育ったようだ
1980年に、ジャズ奏者のマイク・マイニエリに認められて、
そのつてでカーリー・サイモンのバック・バンドのドラマーに抜擢される。
さらに彼の名声を築いたのはデビッド・ボウイの1983年のアルバム「Let's dance」 のレコーディングに参加したことだった
キレのあるドラミング・テクニックを買われ、それまでなかなかドラマーを固定できなかった伝説のジャズ・フュージョンバンド、
ウェザー・リポートのドラマーとなったのだった。
ウェザー・リポートは1986年に解散してしまうのだが・・・
オマーさんのテクニックはもちろん、ジャズからフュージョン、R&Bまでジャンルにこだわらない姿勢は、
アーティストに重宝され、多くのレコーディングやライブに呼ばれることになったのである。
1984年のデビッド・ボウイ「Tonight」、
1985年のスティング「The deam of the bue trtles」、ダイアー・ストレイツの「Brothers in ams」
1986年のマイルス・ディビス「Tutu」などなど多くの名アルバムのレコーディングに参加した
一緒に仕事をしたアーティストは、キャロル・キング、ジョージ・ベンソン、ハービー・ハンコック、
マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、マドンナ、ダフト・パンク・・・と枚挙にいとまがないのである
また日本でも及川光博や佐野元春、槇原敬之、SMAP、嵐といったアーティストとも共演をはたしており、世界をまたにかけた活躍をしているのである
そんなオマーさんが自身のアルバムとしてGRPからリリースしたのが
1989年の「Rhythm deep」である。
ドラマーの作品ゆえにインスト曲がメインかと思えばさにあらず・・・
これがフィル・コリンズばりにアルバム中10曲で歌声を披露している、
都会的でファンキーな超絶ブラコン・アルバムに仕上がっているのである
ポップでダンサブルな曲が多く、リズムは間違いないことは当然ながら、メロウな曲はどこまでもAORの手触り・・・
「Love is here to stay」「Osolated lady」といった曲は心地よさ100%の名曲である
そして白眉は・・・何と言っても「Take my heart」であろう!
サビの気持ちよさはどこかへ飛んで行ってしまいそうになる純度100%のAORである
ああ、なんて心地よい1曲なんだ
歌うことには慣れてないはずのオマーさんだが、堂々とかつAORファンをくすぐるようなアーバンなボーカルを聴かせてくれる・・・
いやいや、聴き逃してはならないメロウ・ソングだ
この作品はグラミー賞にノミネートされるくらいの評価を得るのだが、
それも納得のクオリティなのである。
ジャズやファンク、フュージョンの音楽界を下から支え、
ジャンルにこだわらずにメロウな風を吹かせてくれるオマーさんの姿勢はまさしくAOR・・・
オマーさん、「アナタは立派なAOR超人だよ!」(←まだ過去形にならず・・・)
まだまだアーバン・メロウなドラミングを聴きたいのである
尊敬に値するアーティストを称賛するコーナー
「アナタは立派なAORアーティストだったよ!」
今回、賛辞を贈りたいのはオマー・ハキムさんである
オマー・ハキムは、ニューヨーク出身のジャズ~フュージョン系のドラマーでプロデューサーである。
父親が、デューク・エリントンやカウント・ベイシーなど大物のバンドでトロンボーン奏者をつとめたハンサン・ハキムだったこともあり、
幼い頃から音楽に囲まれた生活を送る。
10歳の頃には、すでに父親のバンドで演奏する
ようになっていた。
少年期の友人にマーカス・ミラーがいたりと、かなり恵まれた環境で育ったようだ
1980年に、ジャズ奏者のマイク・マイニエリに認められて、
そのつてでカーリー・サイモンのバック・バンドのドラマーに抜擢される。
さらに彼の名声を築いたのはデビッド・ボウイの1983年のアルバム「Let's dance」 のレコーディングに参加したことだった
キレのあるドラミング・テクニックを買われ、それまでなかなかドラマーを固定できなかった伝説のジャズ・フュージョンバンド、
ウェザー・リポートのドラマーとなったのだった。
ウェザー・リポートは1986年に解散してしまうのだが・・・
オマーさんのテクニックはもちろん、ジャズからフュージョン、R&Bまでジャンルにこだわらない姿勢は、
アーティストに重宝され、多くのレコーディングやライブに呼ばれることになったのである。
1984年のデビッド・ボウイ「Tonight」、
1985年のスティング「The deam of the bue trtles」、ダイアー・ストレイツの「Brothers in ams」
1986年のマイルス・ディビス「Tutu」などなど多くの名アルバムのレコーディングに参加した
一緒に仕事をしたアーティストは、キャロル・キング、ジョージ・ベンソン、ハービー・ハンコック、
マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、マドンナ、ダフト・パンク・・・と枚挙にいとまがないのである
また日本でも及川光博や佐野元春、槇原敬之、SMAP、嵐といったアーティストとも共演をはたしており、世界をまたにかけた活躍をしているのである
そんなオマーさんが自身のアルバムとしてGRPからリリースしたのが
1989年の「Rhythm deep」である。
ドラマーの作品ゆえにインスト曲がメインかと思えばさにあらず・・・
これがフィル・コリンズばりにアルバム中10曲で歌声を披露している、
都会的でファンキーな超絶ブラコン・アルバムに仕上がっているのである
ポップでダンサブルな曲が多く、リズムは間違いないことは当然ながら、メロウな曲はどこまでもAORの手触り・・・
「Love is here to stay」「Osolated lady」といった曲は心地よさ100%の名曲である
そして白眉は・・・何と言っても「Take my heart」であろう!
サビの気持ちよさはどこかへ飛んで行ってしまいそうになる純度100%のAORである
ああ、なんて心地よい1曲なんだ
歌うことには慣れてないはずのオマーさんだが、堂々とかつAORファンをくすぐるようなアーバンなボーカルを聴かせてくれる・・・
いやいや、聴き逃してはならないメロウ・ソングだ
この作品はグラミー賞にノミネートされるくらいの評価を得るのだが、
それも納得のクオリティなのである。
ジャズやファンク、フュージョンの音楽界を下から支え、
ジャンルにこだわらずにメロウな風を吹かせてくれるオマーさんの姿勢はまさしくAOR・・・
オマーさん、「アナタは立派なAOR超人だよ!」(←まだ過去形にならず・・・)
まだまだアーバン・メロウなドラミングを聴きたいのである