生老病死 | H-MANオフィシャルブログ「H-MANのナカナカナイブログ」Powered by Ameba

生老病死

人生は苦である

お釈迦様が出家をした理由は、何故人は生まれ、歳をとり、病気をし、死んでしまうのか?生まれてこなければ苦しまないですむし、しかも遅かれ早かれみな死んでいく。一切は無常である。どうにかこの苦しみから解脱できないものか???という事のようです。

現在の仏教ではこの事をもって、「一切は苦である」だから念仏を唱える、阿弥陀様にすがる、お経を上げる、先祖供養をする、参禅して無になる、、などなど、行っているわけですが。果たしてそうなのか?でも、ブッタは苦しみから救われる方法は説かなかったのなら、ブッタは悟っていなかったということになりはしないか?なのにお寺さんや仏教系の宗教団体はブッタは悟りを開いたという前提で活動しているわけである。やはり今の仏教のあり方は間違っているといわざるを得ないです。

もちろんブッタは悟っていたし、救われる方法も、悟る方法も説いている。ただ二千五百年あまりの間に、釈迦の説かれた仏法は、人間の「知」と「意」によって、難しい哲学になっていきました。「情」を無くしたのである。二千五百年前のインドは今の日本と違い無学文盲の衆生に今のような哲学化した仏法を説いたといても分かるわけがありません。もちろん私は字が読めますが、お経を読んでも何がなんだか訳分かりません。そりゃそうです、古代インド語を中国語に変えて、漢字を当て字にしたお経なんですから。

かといってお経が全て間違っているかというと、そういうわけではありません。もちろんあっている部分も沢山あるはずです。聖書もそうだと思います。ただやはり、長い年月の間に歪んでいってしまいます。何故そういうことになるかといえば、皆さん「伝言ゲーム」というにのを知っていると思いますが、あの理屈です。しかもその「伝言ゲーム」に参加している人が自分が得をするように伝言を変えたりすれば、おのずと内容は違ったものになってしまいます。仏教の場合は、中興の祖といわれている竜樹が随分と仏法を歪めてしまったようです。竜樹は自分が理解できない霊的な話などは削除してしまったようです。

さて、その「生老病死」の苦しみから解脱する方法ですが。それは「八正道」という中道の道を実践する事だとブッタは説かれたのですが。今の仏教では「八正道」はあまり説かれていませんし、反対に言うと「八正道」を説いていない仏教は仏教ではないということです。「八正道」ついては、また次の機会に書こうと思います。もちろん高橋信次先生の本には「八正道」について書かれていますので、興味のある方は読んでみてください。

なんか前置きが随分長くなってしまいましたが。本題に入りましょう。結局のところ人間の苦しみとか悩みと言うのは、「死」という事だと思います。病気や不幸や貧乏のその先には「死」があるから苦しむんですよね。信仰にたどり着く人々の多くは、その苦しみから救われるために宗教に走るわけです。ですから「死」という問題を無視して宗教や信仰は語れないという事です。では高橋先生はどのように行っているのでしょう?もちろん高橋先生の著書を読んで判断してもらうのが一番良いのですが。

まぁ、簡単に言っちゃえば、「死んでも終わらない」って事です。

ブログの中で何回も人間は転生輪廻して永遠に生きつづけるとは書いてきたのですが。これには賛否両論あると思いますが、果たしてどうなんでしょうか?

皆さん幸せになりたいとか、平和な世の中がいいとか、調和とか望んでいる人が大半(まぁ、中にはそうじゃない人もいるかも知れませんが)だと思いますが。「死んだら終わり」と「死んでも終わらない」どっちの考えの方が世の中よくなるのか?今の世の中が混乱しているのは、実は多くの人が「死んだら終わり」という考えだからなんじゃないでしょうか?

例えば戦争、多く敵を殺せば勝ち、優位な立場に立てて、金が儲かるわけですよね。金を儲けたいというのはどういうことかといえば、ようは自分(子孫も含めて)が死ぬまでの金勘定をしているわけです。そう考えていくと大抵の問題は「死んだら終わり」だから、という考えにたどり着くと思います。どうですかね?

信仰というとなんか難しいようなイメージがあるかもしれませんが実はそんな難しいものではありません。「転生輪廻の法」を信じ生きていくというだけのことですから。では「転生輪廻の法」とは何か?それはもちろん、死んでも終わりではない、永遠に行き続ける一続きの人生であるという事、因果応報(善因善果、悪因悪果)を信じて生きていく事に他なりません。

まぁ、このような考えが気に食わないという方もいるとは思いますが、仮に「死んだら終わり」全てが無しというのなら、私の「死んでも終わらない」という考えも「死んだら終わり」という考えも無しなのでですから、そんなにムキにならないで下さいね。


でも「死んだら終わり」という考えの人は死んでも終わりじゃなかったら焦りますよねェ?きっと。

次回は死んだ後の事についてもう少し突っ込んだ話をしようと思います。

ではでは。