続・お仕事について
では、続きを、、、
まだレゲエDJでは飯が食えない頃は色んなアルバイトをしました。職人仕事から、ちょっと、否、だいぶイマイチな仕事までやりました。就職したことは一度もありません。それはDJがメインであるという、変なプライド?意識があったのと、もしレゲエの神様がいるのんなら「レゲエにどっぷり浸かった奴からチャンスをくれるはずだ」という屁理屈で、就職という保険をかけてはいけない、なんて考えてもいました。もちろん就職先にも迷惑なわけですし。と言ってもスキンヘッド、ヒゲ、ピアスで音楽やってます~、なんて奴は雇ってもくれないですけど。アルバイト探すのも大変でした。履歴書もいったい何枚書いた事でしょう。思い出すだけでつらいですね~。とにかく落ちますから。不合格の嵐です。くらいますよね~、ダメの烙印を押されるわけですから。と言っても自業自得ですけど。ただこの「自業自得」ということ、全ては自分のせいだということに気が付くことが重要だと思います。
その頃、私は横浜の都筑区、東横線沿線、大倉山と綱島の中間辺りに1Kのアパートで一人暮らしをしていました。音楽をやりたいという夢のまた夢をみているバカタレを家に置いておいてくれるほど私の父は甘くはありませんでした。父にレゲエDJになるなら一人暮らしぐらいしたほうがいいという考えがあったわけではないと思いますが、そのタイミングでもし実家を追い出されなければ今のレゲエDJ・H-MANは無かったでしょう。さすがは我が父、感謝感謝。レゲエDJでも他の仕事でも、人として当たり前の事はしなければならないということだったのだとおもいます。半年ほど肉体労働で金を貯め家を出ました。特に男の子は20代のうちに自立しておく事は大事だと思いますよ。良く「レゲエDJをやってる何とかです」とか「DJになりたい」なんてことを言ってくる若い子もいるのですが。私は大体、普段なにをしてるか、仕事はなにをしているか?一人暮らしをしているか?と聞きます。いろいろな事情で実家にいる人もいるとは思いますが。親のすねをかじりながら、戦争反対とかいくら良い事をいっても私にはな~んにも響かないからです。まともに働いている人にも響かないと思いますが、テクニックがあれば騙せるかもしれません。否、ひょっとすると、そのほうがかえって売れちゃったりするのかも知れません。恋愛の歌とかね。そういうのに飽き足らずレゲエにはまったはずなのに困った傾向です。
話がそれました。綱島~大倉山~菊名あたりは、レゲエ関係者が沢山住んでいました。とりあえず金は無かったですね。誰がどれくらい金持ってるかも分かっちゃう感じ。もちろん車なんてもてませんでしたし。新しい服とか靴とかすぐわかる。今思えば、なにも食べてないわけではなかったけど、お腹空いてたような気がしますね。ウ~ン、青春ですね、セ・イ・シュ・ン。当時はレゲエ(DJもサウンドも)なんて職業ではなかったのに、いったいなにを根拠にそんな事をしていたのでしょう?やはり若いって無謀で無茶ですよね、セイシュンは。そのうえ青臭いし、恥ずかしい。
その頃の仲間も今ではほとんどいません。音楽を辞めても何処かで家庭を持ってがんばっているのなら、それはとても良いと思います、素晴らしいと思います。ただ、どうなんでしょう。私の周りにはだらしない奴がいっぱいいました。人の部屋に何人か居候したり、女のところに転がり込んだり。仕事もやったりやんなかったり、家賃を溜め込んだり。若い内はそれでも良いのかもしれませんが、やはりそういう奴らは消えていきました。彼らから見れば私とかは、なんか堅苦しい奴だと思われていたかもしれません。働いて家賃を払うという、当たり前のことをしていただけなんですが。でも実はそれが音楽をやるとか、好きな道を選ぶということなんですけどね。
例えばマイクを握る時間は週一回30分だとしますよね。当時はもっと少ないわけですが。その30分だけ良い格好をするって可能なんでしょうか?まぁ、中には出来る人もいるのかもしれまませんが。ただいくら才能があったり、テクニックがあっても、その30分以外の部分は隠しきれるものではないと思います。滲み出ちゃうよね何かが。そう分かる人にはわかっちゃう何か。才能(声とかリズム感とか)、テクニックは30分以外で何とかカバーできると思います。実際、私よりも才能やテクニックがあってもだらしない奴は消えていったし、私はずば抜けてDJが下手だったと思います。
あと私が考えていたのは30歳までにDJで食べていける目処が立たなければ辞めるということです。これは絶対に辞めていたと思います。この辺があやふやな人は結局あやふやなまま生きていくのだと思います。やるのも、やめるのも本気じゃないということです。
結局なにが言いたいのか良く分からなくなってしまいましたが。音楽でも他の仕事でも人としてダメならダメなんじゃないですかね。当時は私もいわゆるフリーターってやつですが。フリーターなんて今も昔もダメだと思いますよ。フリーターですいませんってなもんですよ。
最近の派遣社員は一昔前の人買いと同じなんていう人もいますが、私は違うとおもいますよ。ホントに人買いされた人に怒られますよ、マジで。首切られたとか、ガタガタ言う前に働けって思っちゃいますけど。仕事が無いって言いますけど、ジャマイカでもどこでもいいけど日本より貧乏な国見てきたほうがいいですよ。ッて言うか、日本より豊かな国ってそう無いんじゃないですか。別にコンビ二や吉野家で働いても食っていけるはずですけど。贅沢しなければ。労働争議とかやるだけ時間の無駄だし、結局は自分の首を絞めるだけだと思いますけど。『蟹工船』読んでる場合じゃないでしょ。
でも確かに、不況みたいですね。世のお父さん方、めげず、腐らず頑張りましょう!オーッ!
ちなみに女の人はどうかといえば、もちろんいろいろな事情で働いたり、夢を追ったりもするとは思いますし、働きに出ることを否定する訳ではありませんが。最終的には夫と調和し、支え、子供を生み育てる事が女性の役目であり、幸せにつながるのではないでしょうか。お金を稼ぐ事だけが労働ではないし、家庭を調和させる事で夫に感謝され、尊敬されることが女の幸せだと思いますよ。家庭があればこそ、お父さんも頑張れるってもんですよ。
なんか、まとまりの無い回になっちゃいました。スミマセン。
ではでは。
まだレゲエDJでは飯が食えない頃は色んなアルバイトをしました。職人仕事から、ちょっと、否、だいぶイマイチな仕事までやりました。就職したことは一度もありません。それはDJがメインであるという、変なプライド?意識があったのと、もしレゲエの神様がいるのんなら「レゲエにどっぷり浸かった奴からチャンスをくれるはずだ」という屁理屈で、就職という保険をかけてはいけない、なんて考えてもいました。もちろん就職先にも迷惑なわけですし。と言ってもスキンヘッド、ヒゲ、ピアスで音楽やってます~、なんて奴は雇ってもくれないですけど。アルバイト探すのも大変でした。履歴書もいったい何枚書いた事でしょう。思い出すだけでつらいですね~。とにかく落ちますから。不合格の嵐です。くらいますよね~、ダメの烙印を押されるわけですから。と言っても自業自得ですけど。ただこの「自業自得」ということ、全ては自分のせいだということに気が付くことが重要だと思います。
その頃、私は横浜の都筑区、東横線沿線、大倉山と綱島の中間辺りに1Kのアパートで一人暮らしをしていました。音楽をやりたいという夢のまた夢をみているバカタレを家に置いておいてくれるほど私の父は甘くはありませんでした。父にレゲエDJになるなら一人暮らしぐらいしたほうがいいという考えがあったわけではないと思いますが、そのタイミングでもし実家を追い出されなければ今のレゲエDJ・H-MANは無かったでしょう。さすがは我が父、感謝感謝。レゲエDJでも他の仕事でも、人として当たり前の事はしなければならないということだったのだとおもいます。半年ほど肉体労働で金を貯め家を出ました。特に男の子は20代のうちに自立しておく事は大事だと思いますよ。良く「レゲエDJをやってる何とかです」とか「DJになりたい」なんてことを言ってくる若い子もいるのですが。私は大体、普段なにをしてるか、仕事はなにをしているか?一人暮らしをしているか?と聞きます。いろいろな事情で実家にいる人もいるとは思いますが。親のすねをかじりながら、戦争反対とかいくら良い事をいっても私にはな~んにも響かないからです。まともに働いている人にも響かないと思いますが、テクニックがあれば騙せるかもしれません。否、ひょっとすると、そのほうがかえって売れちゃったりするのかも知れません。恋愛の歌とかね。そういうのに飽き足らずレゲエにはまったはずなのに困った傾向です。
話がそれました。綱島~大倉山~菊名あたりは、レゲエ関係者が沢山住んでいました。とりあえず金は無かったですね。誰がどれくらい金持ってるかも分かっちゃう感じ。もちろん車なんてもてませんでしたし。新しい服とか靴とかすぐわかる。今思えば、なにも食べてないわけではなかったけど、お腹空いてたような気がしますね。ウ~ン、青春ですね、セ・イ・シュ・ン。当時はレゲエ(DJもサウンドも)なんて職業ではなかったのに、いったいなにを根拠にそんな事をしていたのでしょう?やはり若いって無謀で無茶ですよね、セイシュンは。そのうえ青臭いし、恥ずかしい。
その頃の仲間も今ではほとんどいません。音楽を辞めても何処かで家庭を持ってがんばっているのなら、それはとても良いと思います、素晴らしいと思います。ただ、どうなんでしょう。私の周りにはだらしない奴がいっぱいいました。人の部屋に何人か居候したり、女のところに転がり込んだり。仕事もやったりやんなかったり、家賃を溜め込んだり。若い内はそれでも良いのかもしれませんが、やはりそういう奴らは消えていきました。彼らから見れば私とかは、なんか堅苦しい奴だと思われていたかもしれません。働いて家賃を払うという、当たり前のことをしていただけなんですが。でも実はそれが音楽をやるとか、好きな道を選ぶということなんですけどね。
例えばマイクを握る時間は週一回30分だとしますよね。当時はもっと少ないわけですが。その30分だけ良い格好をするって可能なんでしょうか?まぁ、中には出来る人もいるのかもしれまませんが。ただいくら才能があったり、テクニックがあっても、その30分以外の部分は隠しきれるものではないと思います。滲み出ちゃうよね何かが。そう分かる人にはわかっちゃう何か。才能(声とかリズム感とか)、テクニックは30分以外で何とかカバーできると思います。実際、私よりも才能やテクニックがあってもだらしない奴は消えていったし、私はずば抜けてDJが下手だったと思います。
あと私が考えていたのは30歳までにDJで食べていける目処が立たなければ辞めるということです。これは絶対に辞めていたと思います。この辺があやふやな人は結局あやふやなまま生きていくのだと思います。やるのも、やめるのも本気じゃないということです。
結局なにが言いたいのか良く分からなくなってしまいましたが。音楽でも他の仕事でも人としてダメならダメなんじゃないですかね。当時は私もいわゆるフリーターってやつですが。フリーターなんて今も昔もダメだと思いますよ。フリーターですいませんってなもんですよ。
最近の派遣社員は一昔前の人買いと同じなんていう人もいますが、私は違うとおもいますよ。ホントに人買いされた人に怒られますよ、マジで。首切られたとか、ガタガタ言う前に働けって思っちゃいますけど。仕事が無いって言いますけど、ジャマイカでもどこでもいいけど日本より貧乏な国見てきたほうがいいですよ。ッて言うか、日本より豊かな国ってそう無いんじゃないですか。別にコンビ二や吉野家で働いても食っていけるはずですけど。贅沢しなければ。労働争議とかやるだけ時間の無駄だし、結局は自分の首を絞めるだけだと思いますけど。『蟹工船』読んでる場合じゃないでしょ。
でも確かに、不況みたいですね。世のお父さん方、めげず、腐らず頑張りましょう!オーッ!
ちなみに女の人はどうかといえば、もちろんいろいろな事情で働いたり、夢を追ったりもするとは思いますし、働きに出ることを否定する訳ではありませんが。最終的には夫と調和し、支え、子供を生み育てる事が女性の役目であり、幸せにつながるのではないでしょうか。お金を稼ぐ事だけが労働ではないし、家庭を調和させる事で夫に感謝され、尊敬されることが女の幸せだと思いますよ。家庭があればこそ、お父さんも頑張れるってもんですよ。
なんか、まとまりの無い回になっちゃいました。スミマセン。
ではでは。