学年末になる頃、息子のリュックサックを見てみると、1枚の手紙が入っていた。

 

それは、Sちゃんの誕生日会のお誘いの手紙だった。母親は、『うわぁぁぁぁぁぁぁ、あの子のお誕生日会か~…。できれば、行きたいくないなぁ』と思った。そして、お誕生日会の開催日を見てみると、夏休みに入ってからだった。

 

そして、手帳を見てスケジュールを確認したところ、なんとその日は日本に一時帰国しているのでアメリカにいないことが判明した。その時の気持ちは、ラッキー!だった。そして、Sちゃんにはお誕生日会に参加できないことを伝えた。母親は、これで来学期からクラスも変わりSちゃんとは別のクラスになるはずだから、もうこれでおしまいだわ!と思った。

 

息子の通う学校は1学年30クラスもあるマンモス校だったので、翌年、Sちゃんと一緒のクラスにはならなかった。それどころか、息子がSちゃんを全然見かけないと言っていたので、どうしたものかと思った。もしかしたら転校したのかも?なんて思っていた。そんなこんなで約半年が経過した。

 

その時期、息子はテニスを週1で習っていた。普段は日曜日に通っていたが、ある日、その週、日曜日の都合が悪かったので、土曜日に振替をしてもらってテニス教室に行った。

 

すると、なんとSちゃんがいた。

 

その時、私たちもSちゃんのお父さんとお母さんに初対面だった。2人ともすごく気さくで良い方だった。Sちゃんは可愛い顔をしていたが、お父さん、お母さんは美男美女だった。まずは、お母さんから、お誕生日会来てくれなくて本当に残念だったわ。と言われた。そして、Sちゃんは、より良い教育を受けさせるために私立の学校に転校したとのこと。その後、お互いがアメリカに来た経緯などを話していると、ミネアポリスに住んでいたことがあるなど共通点があり、会話が非常に楽しかった。

 

そして、お互いの子がどんな習い事をしているかといった話になり、息子は以前、ピアノを習っていたが、日本人の先生が帰国してしまったために、現在、ピアノの先生を探している話をしたときに、Sちゃんのお母さんから、Sちゃんもピアノを習っていて、先生は、台湾の人だけど、日本の音大を卒業しているから、日本語ができることを教えてもらった。

 

ピアノの先生は、すごく良い先生で、息子もピアノがどんどん上達していっている。そして、Sちゃんの家族とも、今ではお互いの家で食事会を開いたりする仲になった。

 

世の中、どう転ぶか分からないとは、まさにこのことかと思った。

 

ただ、Sちゃんは、もう息子には興味はなく、ピアノ教室で会っても、今では特に会話もなくなった…