※記事の著作は引用元に帰属します。 2017年8月17日【ソウル=名村隆寛】一部引用

韓国の文在寅大統領は17日、就任から100日の記者会見をした。文大統領は2015年に日韓が「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した慰安婦問題について、「(1965年の日韓請求権協定の)韓日会談の当時には分かっていなかった問題だ。会談で扱われなかった問題だ」と述べた。


 また、日本の朝鮮半島統治からの解放記念日である15日の「光復節」の式典での演説で、自ら言及した徴用工の問題については「(日韓)両国間の合意は個々人の権利を侵害できない」とした。その上で、「両国間の合意にも関わらず、徴用工、強制徴用を受けた個人が三菱などの企業を相手に持つ個人の権利(請求権)は残っているというのが、韓国の憲法裁や最高裁の判例だ」と指摘。「韓国政府はこの立場で歴史問題に臨んでいる」と強調した。


ーーーー以上配信元より引用


「1965年の日韓請求権協定の韓日会談の当時には分かっていなかった問題」

「徴用工、強制徴用を受けた個人が三菱などの企業を相手に持つ個人の権利(請求権)は残っている」


この2つの文在寅大統領の発言は明らかに嘘をついている。2005年当時、盧武鉉大統領の側近だった彼が知らないはずはない。


2005年1月17日、韓国外交部は、日韓国交正常化交渉における財産請求権に関連する文書を初めて公開した。公開された公文書は、植民地支配・戦争被害者らが日韓交渉関連文書の公開を求めた訴訟の判決で、ソウル行政裁判所が財産請求権関連文書の開示を命じたことを受け公開された文書。財産請求権関連文書57件のうちの5件約1051頁に及び、主に1964年、65年の外交文書。


公開された財産請求権関連文書は、日韓基本条約の締結に向けた、日韓交渉の最終段階での韓国側の政策決定の過程、交渉の進捗状況、個人の請求権の扱いに関する議事録を知ることができる資料だという点で大変重要です。



そして何より意義深いことは、韓国政府が1994年から外交文書を公開し始め、 97年には日韓交渉関連文書の一部を公開する方針でしたが、日本の外務省が「日朝交渉や日韓の信頼関係への影響を強く懸念する」と、事実上の「非公開要請」を行ったことを受けて、これまで日韓交渉関連文書は公開してこなかった物を、2005年盧武鉉政権下で植民地支配・戦争による被害者らがソウル行政裁判所へ訴えた結果、開示請求が認められた判決の結果を踏まえ渋々公開に踏みきった点。



当時公開された資料の中で日韓のメディアが最も注目したのは、 1964年5月の段階で韓国外務部が韓国人個人の請求権問題に対して示した判断についての部分です。この事を報道したのは当時の朝鮮日報がネットで報道しただけで、多くの韓国人は見て見ぬ振りをしている。現在、その記事は削除されています。


その個人請求権の扱いについての部分を日韓請求権協定を再考したpdfから、時系列で掻い摘んで引用致します。引用元となるpdfは、日韓請求権問題の再考〜太田修〜   より。※記事の著作は引用元に帰属します。




🔘1964年5月2日
韓国経済企画院長官が「民間人保有対日財産に対する補償措置」に関して、「現在進行している対日交渉は、民間保有対日財産請求権の補償を前提にしたものか、または、個別的な補償を行わない事なのか」 と韓国外交部長官に問い合わせた。

🔘同年、5月8日
それに対して外務部長官は「日本と請求権問題を解決することになれば個人請求権を含み解決されるものとなる。したがって韓国政府が、個人請求権保有者に対して補償義務を負うことになる」、「韓国外交部としては個人が正当な請求権を持っている場合には韓国政府がこれを補償しなければならないと考える」と回答し、韓国政府が個人請求権保有者に対して「補償義務を負う」という見解を示した。

当時の韓国政府が、日韓交渉の妥結により「個人請求権」消滅に伴う補償責任は韓国側にあると判断していたことが、この資料によって公式に確認されたといえる。


この資料が公開された後、個人補償が十分になされなかった責任は韓国政府にあるという認識が、日韓のメディアを通して広がった。一方、韓国の多くの植民地支配・戦争被害者や挺対協などの活動団体は、 韓国側だけに責任があるとして日本側が傍観すべきではなく、当然のことながら個人補償が十分になされなかった責任は日本側にもある、と考えた。



🔘1965年4月(日韓条約締結の2か月前)
「請求権および経済協力委員会第一次会議」が聞かれた。


🔘4月3日「請求権および経済協力委員会第一次会議」(李・椎名合意と議事録署名)

李東元外務長官と椎名悦三郎外務大臣が「財産請求権及び経済協力協定」の骨子に合意。請求権の解決では、日韓の財産と請求権に関する問題は「完全に、そして最終的に解決されたものとする」ことが規定された。〜李・椎名合意


同日、また日本側は、個人請求権の完全な消滅を念押しするために、法的措置を準備していた。 まず、「財産請求権及び、経済協力協定」第2条1項の内容に関連して、「財産及び請求権並びに経済協力に関する協定についての合意議事録を作成韓国側に署名させたことである

この合意議事録への韓国側の署名は、大蔵省の強い要請によって外務省条約局条約課長・松永信雄が作成し、「李・椎名合意事項」と同じこの日の4月3日に署名されたものだった。


この「合意議事録は、日韓交渉において韓国側から提出された, 韓国の請求権協定要綱の8項目を含む対日請求権が「すべて完全かつ最終的に消滅」し、「対日請求権に関してはいかなる主張もなしえなくなることが確認された」と明記している



韓国側提出の8項目(以下)◯ 韓日財産及び請求権協定要綱

(1) 朝鮮銀行を通じて搬出された地金67,541,771.2グラム(第五次会談時提示)及び地銀249,633,198.61グラム(第五次会談提出時提示)の返還請求

(2) 1945年8月9目現在の日本政府の対朝鮮総督府債権の返済請求

(3) 1945年8月9日以後韓国から振替又は送金された金品の返還請求

(4) 1946年8月9日現在韓国に本杜本店又は主たる事務所がある法人の在日財産の返還請求

(5) 韓国法人又は韓国自然人(原文のまま)の目本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金及び其他請求権の返済請求 



(6) 韓国人(自然人、法人)の日本政府又は日本人に対する個別的権利行使に関する項目 

(7) 前記諸財産又は請求権より発生した諸果実の返還請求

(8) 前記の返還及び決済の開始及び終了時期に関する項目

*因みに、自然人とは一般人の国民の事




🔘同年、4月16日
李圭星公使は佐藤正二外務省条約局外務参事官と会談を持った。その席で佐藤参事官は、請求権および経済協力問題など、所謂、請求権に関する部分を自らが主管することになったとして次のように述べたという。

佐藤参事官「現在関係各省で、主として個人関係請求権に関してどのような問題があるのか調査、研究中にあるとのことで、これにはどのような問題があるのか抽出してクラシファイする問題と、クラシファイした後、そのような問題を法的にいかに処理するべきかという問題(現存する日本の国内法だけで処理可能か、韓国との協定に規定されるべきか、または韓国との協定に規定される場合、国内法と関連させる問題など)があり、そのような研究が必要であり、また法的な問題が多く、法制局との接触も必要なので時聞がかかりそうだ」


これに対して李公使は、
李・椎名合意事項によって個人関係請求権が消滅したということが確認され、したがって今後の問題は、それを両国がそれぞれ国内的にどのように消化するのかが残されていると考える」と述べた。

この会談で、韓国側が言及した「李・椎名合意事項」とは、1965年4月3日に李東元外務長官と椎名悦三郎外務大臣が「財産請求権及び経済協力協定」の骨子に合意したものだった。その 「李・椎名合意事項」の, 5 、請求権の解決」では、日韓の財産と請求権に関する問題は「完全に、そして最終的に解決されたものとする」ことが規定されていた。それは、 6月2日に署名された、日韓基本条約の「財産請求権及び、経済協力協定」の第2条となる内容だが、李圭星公使の「個人関係請求権が消滅したということが確認され...」という発言は、「李・椎名合意事項」の, 5 、請求権の解決」の内容をふまえてなされたものだった。


🔘同年、4月20日「請求権および、経済協力委員会第一次会議」

李圭星首席代表が「李・椎名合意事項第5 項に規定されているように、完全、そして最終的にすべての請求権が解決されたと解釈できるので、この問題に関しては将来 両国がそれぞれ国内的にどのように消化し、処理するのかという問題のみ残っており、したが って特に問題はない」と16日の説明を繰り返した。

韓国側はできるだけ早く交渉の妥結に持ち込みたいと考えていたのである。


これに対して日本側は、「請求権の消滅問題」に関して、

1「北韓に関する請求権問題」
2 「個人請求権と関連して、朝鮮総督府と韓国政府との関連問題」
3「在日韓国人の請求権問題」
4「終戦(第二次大戦)の時点の解釈問題」など様々な問題があるとして、次のように主張した。

請求権の消滅問題に関して追究すればするほど難しい問題だと感じられてくる。特に、さまざまな個人の請求権がなくなるということであるから重大である。(中略)そ のほかにも請求権の内容が各様各色なのでさまざまな複雑な問題があり、問題が多いのだが、後日、様々な紛争が生じるのを防がねばならず、従ってこの問題に関する互いの研究が必要だと考える

この資料から読み取れることは、日本側が交渉の最終段階でも個人請求権を完全に消滅させるために、きわめて慎重かつ神経質になっていたことである。





次に、「財産請求権及び経済協力協定」第 2 条第 1 項の請求権消滅の実施に伴う国内法案の作成が準備されていた。ここでいう国内法とは、日韓条約の批准書交換式がソウルで行われて発効する前日、1965年12 月17日に公布された「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(法律第41号)のことである。この法律は、「財産請求権及び経済協力協定」第2条第3項の「財産、権利及び利益に該当するもの」は、「昭和四十年六月二十二日において消滅したものとする」ことを、日本の国内法として規定したものだった。




このように日本側は、条約締結後に韓国側から如何なる問題が提起されても新たな補償はしない旨、日韓基本条約の請求権協定に於いて、李・椎名合意事項第5項に規定されているように、完全、そして最終的にすべての請求権が解決されたとし、しかも議事録を作成し韓国側の署名までさせ、個人請求権の完全な消滅のために法的措置を講じていた。

 1962年の第6次交渉でも、個人請求権問題は日韓交渉ですべて処理してしまうべきだと韓国側に強く訴えていたが、日韓交渉妥結の前夜においても、将来、個人請求権問題が再燃することに重大な懸念を示し、やはり日韓条約で完全に処理してしまうべきだと考え、行動していたのである。 これらの資料から鮮明になってきたことは、日本側が個人請求権を封じこめるために、いかに官僚主義的な努力として交渉しながらも法的措置を行っていたかということである。そして、この個人請求権の封じ込めの背景には、サンフランシスコ平和条約第 4 条、つまり植民地主義の持続の「装置」と、それに基づく植民地支配未清算の歴史があったと考えられる。



1952年に始まった日韓交渉は1965年に妥結し、その結果、日韓条約が締結された。その際、日韓聞の財産・請求権問題について「財産請求権及び経済協力協定」第 2 条第 1 項で次のように定められた。

1 .両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサンフランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条 (a) に規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する、とした。



また、このサンフランシスコ平和条約で、日本に返還される領土・島嶼部として竹島や尖閣諸島が含まれている事に、意を唱えサンフランシスコ条約は無効で竹島は韓国領だと条文の変更を求めながら、韓国がこのサンフランシスコ平和条約に署名できなかった理由について、戦時中の韓国は日本に併合されており当然、連合国ではなかったという表向きの理由の裏にもう一つ別の真実があった言われている。

平和条約の起草に関与した米国と英国は、中国の代表権問題、戦後の植民地処理問題などの米ソ冷戦と米英間の利害関係を考慮して、韓国の平和条約署名を否定することになったが、その背景には植民地統治を「合法的」なものとする「帝国の論理」が横たわっていた。すなわち、韓国の平和条約への署名を容認することが、日本の植民地統治の「合法性」を否定することにつながりかねず、そうなれば欧米の植民地統治自体を否定する議論が噴出し、植民地支配されていたアフリカやアジア諸国からの賠償請求を起こされる恐れがあったからだといわれている。


韓国側の言う、植民地支配の補償など存在しないのである。日韓基本条約を破棄することは交渉の元となっているサンフランシスコ平和条約、延いては欧米諸国の過去の植民地支配による賠償・補償を再交渉のテーブルにのせ、二国間の問題ではなくなることになる。




そして、このサンフランシスコ平和条約第 4 条 (a) の規定に基づいて日韓財産請求権交渉が行われ、そして最終的に、よく知られているように「金・大平合意」により「経済協力」方式で処理されることになり、1965年に「財産請求権及び、経済協力協定」により「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」とした、所謂、日韓基本条約が締結されたのである。




ここまで、長々と書いてきたが2005年の日韓国交正常化交渉における財産請求権の交渉に関連する文書が公開された時の盧武鉉政権の側近であった文在寅が知らないはずはない。公開された文書には韓国側が日本に要望した、韓日財産及び請求権協定要綱の8項目の5番目と6番目に、5.韓国法人又は韓国個人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金及び其他請求権の返済請求、6.韓国人(自然人、法人)の日本政府又は日本人に対する個別的権利行使に関する項目 とあり、5番目では徴用工の請求権について、6番目では日本に対する個別的請求権について要望したが、日本側は、徹底して「法的根拠」と「事実関係」の提示を求め、それが不可能ならば韓国側の請求権は成り立たないとし、また平和条約第 4 条の規定にそぐわないとする日本側の反論にあい、結果的に韓国側は徴用工を含む個人の請求権を取り下げざるをえなかったのであって、対日請求権に関してはいかなる個人の請求権の主張もなしえなくなることが確認された。

しかも、交渉中、条約締結後に再交渉の余地を残さないために議事録を作成し署名までさせたのである。これは、加計学園問題で文科相から流失した備忘録などでなく、お互いが議事録を確認し署名までした正真正銘の議事録である。








歴史修正主義者は他ならぬ韓国政府であり、文在寅大統領はじめ歴代の韓国大統領である。歴史を忘れた者に未来は無い。











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