「Life Pathfinder 2014  The fate of…」


フライヤーを見たときに、類さんが初座長?っていうことと、類さん推しのフォロワーさんの喜ぶ顔が思い浮かんだこと以外本当になんにも思い浮かばなかったのは、作品が私が苦手としている近未来物だからかなーって思っていて、お芝居が始まって、ようやく色んなことを楽しめるような造りになっているんだと、現場の造り方に感謝した感じでした。



近未来物は、ブレードランナーと、エイリアンと、ターミネーターで構築されている私なので、アンドロイドとヒューマノイドの違いもいまいちよくわからない。

(今、調べたら、人間の手で作り出された人間に似たロボットがアンドロイドで、アンドロイドに広義の意味を持たせた、他の生物、宇宙人なんかも含めたものが、人間に似て変化してきたものがヒューマノイドみたいですね。)




出演者が着ているものは、小春ちゃんを除いては、みんなツナギで出てきてヒューマノイドのTARO 類さんだけが白。グレーのツナギの先輩ヒューマノイド・ジョージ(一乃瀬洋介…YOHさんという認識の方がw)開発者・施設職員は黒 警備等がブルー。そして管理者のオレンジ。


「さあ、今日を始めよう…。」


劇中、何度も繰り返される言葉でした。



そうやって1日1日を繰り返しているうちに、量産型になったヒューマノイドの先輩ジョージ生産が終了するという問題とともに現れるジョージと開発者との相関関係。ジョージが開発者以外の人間を自分の意思で反発ことを暴走と捉え、強制終了させられたジョージ。お別れの言葉もなく、記憶も消去されたまま動かなくなったジョージが最後まで思っていたのは、開発者の現場での「立場」で。なんともやるせないそのやり取りを目の前で見せつけられたTAROが感じとった違和感とともに生まれる周囲への不信感のような感情。それを一旦は暴走と捉えて、同じように強制終了することを、TAROの開発リーダー以外は良しとせず、結局終了スイッチはTAROの手に託される事に…。


1年をかけて、成長をするヒューマノイドTAROの記憶から、人間の未来とか、希望とかを勝手に託されるヒューマノイドの生きる意味とか、その意思とか、成長するにつれて生まれてくる自我と闘うことは、人間と同じなのに。自分で考え、自分の判断で行動するように、人間と同じように育つヒューマノイドに最後の最後に選べと差し出される選択肢はあまりにも人でなしな結論で…。



内容はそんな感じの物語なんですが、本当に類さん、よく踊ってたし、セリフの声もよく通ってたし、本当に真っ白なところから、だんだんに成長してゆく感情の現れもなんだかとっても自然でした。

終盤、おいおい、そんな高いところから降りるのかー?!?ってなったり、多少席が遠いこともあって、細かいところまではちょっと追いきれなかった部分もあるのですが、開場してから、ずっと同じ宇宙空間みたいなところにいるような、わかりやすく言うとTDLのスターツアーズに行くようなそんな感じかするステージングでした。


ただ、惜しむらくは、バンドとVoのバランスが悪くて、もしこの芝居が歌に意味を込めて聴かせるべき芝居だとしたら、言いたかったこと1/10くらいしか伝わってないよーっていう位、Voの歌詞が聞き取れない。これって、致命的なんじゃないかなって思ったりもしました
類さんの歌と、ジョージが逝ってしまった時のバラード以外は、本当に聞き取れなかった。

結構頑張って聴いたと思うんだけど,そこだけが残念でなりませんでした。



そんな感じのLife Pathfinder。



そして、声を聞くまで、「男おいらん」蓮組座長の木田健太くんがいること気づいてなかったwww 本当にごめんねwww でも持ってるのは、蓮組のDVDだからねwww






9/14 新国立劇場 小劇場 THE PIT

北千住が遠いことも、公演回数が4回しかなかったことも、お天気が案の定だったことも、仕事休んだことも、ポスターがツボすぎることも、サロメが美しすぎることも、全部全部ひっくるめて。



やっぱり、東山義久という人は、凄い人なんだ。



昔、母に「凄い」という表現は、物事の醜悪さに使うものだと、何度か意見されたことを思い出したりしていましたが、初回(私の場合、土曜のマチネ)、千秋楽と観終わった後の感想が、みな口を揃えて、「義久さんは、凄い」でした。


それ以上、うまい言葉であのステージをいい表す事が、なんだか未だにできません。それ位、熱い魂の込められた作品のだったのだと思います。

公式から、「サロメ」の情報が解禁された時から、とても期待していたし、楽しみにしていた今回の公演。仕事の都合もあり、3/4しか拝見できなかったのですが、今回はDVDにもなる様ですし、形になって残るのはファンとしては大変有り難い事だと思っています。


まさに、圧巻のステージでした。


余計なことかもしれませんし、ご覧になられた方は抜き書きでもきっとご理解いただけると思うのですが、ちょっと今回は自分の備忘的に書かせていただきました。()内は、主にダンスの時に使用されていた川井郁子さんの演奏曲です。アマゾンのmp3ストア他でちょこっと視聴できます。


何時ものようにあくまでも個人的感想ですので、悪しからず…。





幕が上がってブルーのライトに照らされた舞台中央に小さな椅子があって、そこ座る少年の背後から、まるで少年を愛撫するかのように、その頬を撫でたかと思えば、また少し離れて焦らして、足先で突付いたり…唇こそ重ねなかったけれど、三浦くん演じるまだあどけなさの残るこの少年が、目下、少女サロメのお気に入りなのはよくわかりましたし、きちんと着込んだ白のシャツに、編み込みしたロングヘアーのサロメが無邪気に笑いかける姿が本当に少しお姉さんぽいけれど、愛らしく映ります。


義父であるエロド王に呼ばれて宴席に向かうのを嫌がるサロメを従者が抱え上げて無理やり連れてゆきますが、そこも両足バタバタさせたり、エロド王の意向に反して、背を向けて座るサロメ、ホント、嫌い!みたいな表情するから、眉間の縦ジワが目立つしw


エロドがサロメの気を引こうと差し出す赤い酒も、特別な果物(りんごだと思うw)も、みんなサロメは放り投げて、小さく微笑みながら少年の元へと走り去るのだけれど、少年との逢瀬を妨げたのは、地の底からサロメの耳に届く預言者ヨカナーンの声で。その声に興味を持ってしまったが最後、サロメの心は少年からヨカナーンの元へと移ってしまい、王宮使えの兵士たちにヨカナーンに会わせるように詰め寄ります。利ちゃん、泰ちゃん、そして最後にサロメに篭絡される皓平くんの声で、舞台下手から台の上に立て膝をついて横向きのヨカナーンの登場です。ビジュアルは公式出ている黒い装束右手を下手にむけて差し出すようにしているヨカナーンは曲はじまりで立ち上がり、舞い始めます。(sanctuary)そして、そこに舞台上手奥にある階段から降りてくるサロメ。最初こそ、おずおすと、恥らいながら見つめるサロメだったけれど、意を決した様に台の上に立つヨカナーンの素足にそっと手を伸ばして触れます。

そこからまるでヨカナーンの体に蛇のように這い上がるサロメ。


このシーンを目にした時に、エデンの園でイヴを誘惑した蛇のことをうっすらと脳裏で考えていた私でした。


そこから二人の手には、紫色のちょっと太めのロープが握られます。(恋のアランフェス~Red Violin)誘惑と拒絶。ロープをヨカナーンの左手と自分の左手にぐるぐる巻きつけて、愛おしそうに自分の頬に押し当てるサロメのうっとりとした表情とは裏腹にヨカナーンはその美しい顔を凍らせたまま、サロメの両手首を何度も戒めるように高く掲げます。その激しいやりとりの果てに、サロメの片手をヨカナーンがぎゅっと引き上げて突き放します。サロメがその痛みに自分の手を胸に抱きながら、そこの場を後にすると、ヨカナーンはまた元の場所へと帰ってゆきます。サロメは残された台の上(自室のベッドの上?)で、脚をじたばたさせたりして、ヨカナーンに掴まれた手首を抱きながら、ヨカナーンのことを思い眠れぬ夜を過ごします。(アヴェ・マリア)ヨカナーンのことを思いながら、最後にサロメが中指と薬指を口の中に咥えるシーンで1幕が終わるのですが、それが! 本当にエロス!


(実はこの、サロメが自分の指を咥えようとする振付、ヨカナーンとのダンス中にサロメは何度かしようとするんですが、それをことごとくヨカナーンに押しとどめられるみたいな感じのダンスで…ちょっと大人向けの意味深なシーンなのかなって考えたりもしていてました)




そして、2幕はそれこそ、怒涛のダンスで始終します。



なかなか、自分の思い通りにならないサロメにエロド王が申し出ます。

「この月にかけて、命にかけて、お前の望んだものをなんでもやろう。」


確かにそう誓ったエロド王。


原作ではかなり露骨に母親のエロディアと、義父のエロドの思惑みたいなことも書かれてその通りに二人の激しいダンスが繰り広げられた後、階段の上に、後ろ向きでバッと両手を広げた、真っ白な衣装に髪型も替えたサロメが登場します。(passion in Blue)

両手に長い袖。でも胸は剥き出しになったその衣装で、サロメは蠱惑的に、露骨にお尻を振ったり、時折恥ずかしそうに、胸の辺りを両手で隠したり、それとは逆に、長いスカート(本当はパンツですが)の裾をお尻が見えちゃうくらいに捲ったりしながら、エロドの望むようなエロティックなダンスを踊って見せます。曲が終わって、サロメが王に跪くと、サロメが踊ったことに歓喜したエロドと、対照的に、娘の破廉恥な姿を嘆くエロディア。もう一度と言われ、乞われるままに踊るサロメ。(エル・フラメンコ)
この曲は、先の相手を惑わすダンスではなく、欲しいものを手に入れるという望みを叶えてもらうためだけに、必死に踊るサロメの姿に見えて、なんだかいじらしいようにも見えました。


曲が終わって。エロドに向かってゆくサロメが指差す先には兵士が持つ銀の盆。その上にサロメは何を乗せよというのか。サロメはエロドの耳元で囁きます。


ヨカナーンの首。


聖者の首を落とすことで己に降りかかるやもしれない災難に怯えるエロドとは逆に、さんざん自分を呪うような言葉を吐き続けたヨカナーンの首を求めた自分の娘を誇らしげに抱き寄せる母のエロディア。
そして、首切り役人ナーマンによって、ヨカナーンの首が地下の牢からサロメの待つ地上へと上げられてゆきます。(ここって、高所恐怖症の舘形さんがゴンドラにのってライティングの妙で首だけが上がってゆくように見えるのです)


「ヨカナーンはもう目を開かない。ヨカナーンは死んでしまったの?ヨカナーン、私はお前の美しさを飲み干したい!私はお前の美しさを飲み干したい!!」
サロメの自問自答を三人の兵士が口立てます。サロメ自身が一言も発さずとも、サロメの欲望は伝えられてゆきます。



真っ赤な月をバックに、ギリシャ神話の女神のような白い布を纏ったなサロメの元に、まさに天から降ってくる白い布に包まれたヨカナーンの首。それを大事に自分の胸に抱えて、喜びを全身全霊で表しているかのように、はしゃぎ踊るサロメ(インスティンクト・ラプソディ)
曲タイトルの「インスティンクト」は、「本能」と訳されます。
まさしく本能のままに無邪気な笑顔で踊るダンスはいつもの義久さんの自力を見せつけるような力強い歓喜のダンス。


そして、一転してブルーに染まる背景の中に、まるで天から蜘蛛の糸のように、一筋、二筋と砂が(意図してるところは、みんな砂でしょ?という意見だったので、そういう表現にしますが、本当に降ってきたのは塩だそうです)降り注ぎます。(The Violin Muse)
後のアフタートークで、「こんな美しいシーンを用意して下さって本当に上田先生には感謝している」と言っていたシーンです。


私の目には、砂漠から来たと言われたヨカナーンを伴ったサロメが砂に埋もれて、そこへ帰ってゆくように見えました。

結ばれた二人が、永遠に離れないことを現すかのように荘厳な鐘の音とともに過ぎ去りますが、私は最後の方で、サロメがヨカナーンの首を包む白い布を口に咥えて立ち上がる姿が、孤独な獣のようで、この上なく物悲しくて、好きでした。泣きましたがしょぼんあせる


最後の最期に、サロメは高く掲げたヨカナーンの首に唇を押し当てます。


そんなサロメの姿に、エロドの声が叫びます。


「サロメを殺せ!」


舞台の中央で、真っ白な首を抱き、幸せそうに眼を閉ざすサロメを兵士たちが取り囲む場面で幕が下ろされます。


カーテンコールでじは、 現実では叶わなかった、サロメとヨカナーンが二人で踊ります。(Violin Museのサビの部分少しだけ)


その時の義久さんの表情がとても幸せそうで、アフタートークで上田先生がおっしゃっていた、「あれは二人の結婚式だと思っていい。ご褒美だね」というのを思い出して、ちょっとまた胸熱になってしまったりして。


そんな風に気持ちを鷲掴みというか、魂を引っこ抜かれる作品が義久さんの、特にダンスの公演には多い気がします。




そして、全体を通して思うのは、すべてのキャストがはまり役だったってことでしょうか?
サロメの獰猛なまでの美しさ。ヨカナーンの近寄りがたい高潔さ。親衛隊長の息をするように人を殺す非常さ。首切りナーマンの人外的な肉体美の力強さ。乱れ具合と今回のセリフ量半端ない王様のエロド。男なんかには負てけてられない、負けてない!紅一点王妃エロディア。
コロスは三者三様。流されない泰ちゃん、いつもに増して断然セリフが熱い利ちゃん。サロメにメロメロで苦悶しながら篭絡される皓平くん。それから、本当に良い「少年」っぷりだった回転系ダンサー三浦くん…上げればキリがないのですw




土曜日のマチソワにあったアフタートークと、日曜日の千秋楽には楽曲提供の川井郁子さんのバイオリン生演奏もありと、プラスαの部分でも十分に楽しませていただきました。
土曜ソワレの後行われた、今回の演出・振付の上田遥先生と、ヨカナーン役の舘形さん、サロメの義久さんのアフタートーク。黒のタートルこそ着ていらっしゃいましたがヨカナーンの舘形さんと、サロメの義久さんは舞台衣裳のままで舞台上に上がって下さって。


作品の中では一言も発さない役の二人が初めてこちらに向かって話す姿に、D☆の公演を見慣れている私は「あぁ、普通の義久さんだ」と思って話を聞いていたのですが、時々話し方がやんちゃになる義久さんを窘めるように「ヨシ…?」って、話しかける舘形さんが萌すぎてラブラブ


西島さんにしろ、舘形さんにしろ、ぽわんとした系統の先輩に可愛がられる感じの義久さんが、本当に楽しそうに話したり、踊ったりしている様は、見ているこちらも、本当に幸せになる瞬間でした。


ニジンスキーの時とはまた違った意味で、観ているこっちも色々奪われる作品でした。



DVDの発売が待たれますが、なにより再演をと、義久さんの気力のあるうちに是非って思って止まない作品です。







9/6・7  北千住 シアター1010



初めてゆく劇場のことはちょいちょい調べてからゆくのですが、ここに行くのはやっぱりバスが便利なのかな?って思ったくらい、どこからも微妙な位置にあるEX Theater Roppongi



確かに造りもいいみたいだし、平場でも決して見づらくはなかったのですが…。

正直、チケット代12000円かって思うと、結構厳しかったなーしょぼんあせる





うーん。



どうなんだろうね…。



この作品。





キャストさんの頑張りも、演出も、大道具もそれこそ豪華で金かかった造りなのに、なぜかしっくりいってない感じが物凄くして。正直、引き込まれる部分がないまま終演した感じがしています。


帰って来てパンフを読んで自分の作品から受け取った感覚が間違ってはいなかったと思ったのですが、何がいけなかったんだろう?不思議なくらいになんか始終ピントがずれた芝居を見せられている感じがしてならなかったのは、やっぱりローラの背負っているものが、後半に早乙女くんの闇が現れるまでなかなかこちらに伝わってこなかったからのかな?





でも、個人的には中河内くんが頑張ってキラキラ生きてるキラキラ姿をみられただけでもよかったことは確かだったのですが。


BirthdayPartyの時に、ちょこっと漏らした役に対する欲求不満みたいなもの、発散できていたような感じがしたので、受けてのこちらとしても、見ていてとても気分が良かったです。

本人が言っていたとおり、やっぱりあのデュジャリエはキャラ立ててなんぼの役だろ?って言うイメージでした。イメージの赤い薔薇ってぴったりだったし。ダンスも、あそこの鏡の演出も素敵だった!グッド!



こんな風に思うのは、舞台装置やらなんやらにお金をかけなくても、心に残る良作をここ何年かでたくさん観てきたからなんだろうなって、商業演劇の難しさを痛感させられた公演でした。







8/31 EX Theater Roppongi