「DANCE ACT」と「ニジンスキー」について、ちょっとだけ真面目に考えてみたのです。
ちょっとだけ…![]()
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多少ネタバレしています…見てない人、訳がわからなくて、ごめんなさい![]()
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いや、本当に久しぶりに。
本当に久しぶりに、当日券を買っても観たいと思う作品に出会ってしまいました。
バレエは踊れないと言ってはばからない東山義久さんが、魅せる「DANCE ACT」←これ考えた人は素晴らしいと思いました。まさに、義久さんの為に作られたような造語?じゃないかっ、って思ったくらいです![]()
D☆Dを「10年やってごらん」と言われて、迎えた10年目に、こんな素敵な舞台でキラキラ
してる姿を見せられたら、ファンならずとも、魅了されるに違いないと思ったりして…。
DANCEもACTも、単体ではなかなか成し得ない、相乗効果で見せた今回の舞台、本当に、義久さんの魅力を惜しみなく魅せた作品だと思いました。
これを書くまで、いろんな方の書かれたレポを拝見しました。
中には「どっちも中途半端」という辛口なものもありましたが、みんな、観にゆく視点が違う以上、色々な見方があるのは当然だと思って苦笑しました![]()
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私はもちろん、役者欲目で観に行った舞台ですから、単純と言われようが、大変満足して帰ってきた一人です。
初日、3日目、千秋楽と、三回観ることができて、本当に幸せでした![]()
初日はもう、ただただ、本気で踊る義久さんの姿を何回も目にするたびに、涙が溢れて仕方がなかった。
3日目は、最前列という神がかった席で、目の前で踊り演じる義久さんの息づく姿に圧倒されて終わった。
そして、千秋楽。 席は3階で、多少見切れてはいたけれど、違った角度から見れてまた良かった。
最後に上がってゆくあのフレーム。、多分15センチくらいしか幅がないように見えたんだけれど、義久さん怖くはなかったのかな?
結局のところ。
毎回、同じところで泣いた、後半。
ニジンスキー兄弟が3人で踊るシーン。黒いマントのアレです。
なんだろう。
兄弟3人がそれぞれ背負わされた背景みたいなものが伝わってきて、なんとなくいたたまれなくなってしまうそんなシーンで、涙してしまいました。
きっと、兄弟三人、子供の頃は仲良かったんじゃないかな…。
千秋楽の幕間、お友達が見せてくれた「ニジンスキーの手記」の感想などと交えて、結局、ニジンスキーという人は、愛されたい、一番でいたいという気持が強かった人なんだという結論になりました。( ←なんとなく、
愛されたいポジションというヤツが被るんですけれども…www)
私が思ったのは、三人兄弟の真ん中。2番目の男子というニジンスキーの立ち位置。
両親がダンサー。踊りで生計をたてる家に生まれたのだから、そこに生業を求めるのはもしかしたら、ごく自然なことだったのかもしれない。
身近には後天的な要因かもしれないけれど、6歳の頃から既に病んでいて、尋常ではなかった長兄がいて。
きっと母親の手に余るまでそんな兄の姿を見ながら育ったんだろう幼少期のニジンスキーが、そんな兄の影を心のどこかに、ずっと引き摺って生きてきたとしても、なんら不思議ではない気もして。
劇中で、ニジンスカが歌う歌でも、セリフでも、兄に対する思いはなんだか少し歪んでいて…。彼女もその人生を兄の為に埋没させた人な訳だし。←そう言った意味では「貴方に狂わされる」という最後の台詞は、彼に出会ってしまったディアギレフにも、ロモラにも言えるんのだけれど、彼女の口から発せられて然るべきなのかもしれない。
貧困の家庭を背負う形で10歳の頃から、「踊らされてきた」というし、子供の頃はその日本人じみた顔立ちを含め、かなり虐められたらしいニジンスキーが、例え望まぬ関係であったとしても、パトロンが見つかって、「踊れる」そこがニジンスキーの生きられる全てだったのかな…。
結婚して、子供が生まれて、本来ならば人として当然ありえる人生の岐路が原因で、パトロンと切れてしまって、困窮して、そこにも生活がのしかかって…。
愛と金と、それから、生と性(精)と…。
そんな芸術とは程遠い、生臭いものに包まれているニジンスキーの周り。
病深くなってから書かれたというその手記を、未だ読んでいないので、そこに書かれただろう本人の気持ちは、私には推し量れないけれど、それでも、踊っているときの彼は「天才」と評されこうして名が残ったことは紛れもない事実な訳です。
公演パンフレットに義久さんが書かれていることを、読み返して、とても的を得た表現だと思いました。
本公演中、「あー、思ってた以上に重いし、見てて気持ちが引っ張られちゃって、胸が痛くて、しんどいから、リピはむりかもー」って言ってた自分の馬鹿www
DVD、早く来~いwww
今はとっても、何回も観たいと思って待ち焦がれている日々なのです。